第6話

「つまり、久能さんの件で憤っている人の犯行だとお考えですか?」


 赤城が問う。いいぞ、たまには役に立て。由岐治は赤城に丸投げした。


「うん。あと、嫉妬かなって」


 黒田は赤城に身を寄せて、そっと耳近くで囁いた。囁きのわりに、黒田の声はよく通る。由岐治はというと、何故か自分が耳元で囁かれているような悪寒がした。赤城は全くぼんやりと、黒田の言葉に耳を傾けている。

 何してんだよ、このバカ。もう少しその汚い口から離れろ。息だって絶対臭いだろ。


「ツバサ……中目木は、気は弱いけど、本当に才能あってさ……なのに世渡り本当に下手で。こう言っちゃなんだけど、敵作りやすいタイプなんだ」


 総合すると『ほめている』言葉を、情報だけ抜き取った。でないと、ねっとりとした温い声音が、どうにも気持ち悪かった。


「中目木さんのこと心配なんですね」


 赤城の言葉に、黒田は目を見開き、それからぱっと破顔した。


「そうかな。まあ、弟みたいなものなんだ。小さい頃から、俺が面倒見てて……」


 得意そうに語りだした。由岐治は白けた気持ちを抑えるので精一杯だった。

 なんだコイツ、自分がそいつの親にでもなったつもりかよ。

 気を取り直したのに、早くも疲れてきたので、由岐治は相槌と情報の要約にだけつとめることにした。


「あいつ、天才なんだけど、他がポンコツで。だから助けること多くてさ」

「そうなんですか」

「うん。それでかな、あいつも俺のことを兄貴みたいに慕ってくれてて。まあ、俺のほうが小さいし、不甲斐ない兄貴だけど……」


 そう言いながら、黒田は得意そうである。死ぬほどどうでもいい。他人の自慢って、何でこうも見苦しいのだろう? しかも自慢になりきってもいないところがまた痛々しい。

 由岐治は、いつ「着替え終わった」ことを伝えようか、そのタイミングばかりを、もはやはかっていた。こいつは一応先輩だし、すごい根に持ちそうな性格してるし。

 この光芒こうぼう学園で、碓井が負ける相手なんてそうそういないのだが、強者というものは、人と必要以上に軋轢を産まないものである。赤城はいつものぼけっとした表情で――それでも自分よりはいかほども相手に注意をむけた様子で――話を聞いていた。感心なことだ、いつ「この話はいつ終わるんですか?」とか空気の読めないこと言って、ださい空気をぶち壊し、話を終わらせてくれるのを期待してるのに。その心遣いを僕に向けてほしいものだ。このグズ。

 由岐治は腰に手を当て、天を仰ぎそうになるのを、伸びをしているふりをしてやり過ごしていた。


「っていうわけなんだ。だから――」

「お疲れさ〜ん」


 黒田が話し終わるより早く、人が入ってきてしまった。見るからに上級生といった風情の生徒たちが、どやどやと入ってくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る