第5話

「いじめ……?」


 由岐治は思わず着替えていた手を止めた。神妙に黒田を見やる。黒田もまた、顔を暗くして「ああ」と頷いた。


「中目木は、部内でいじめを受けてるんだ。それで、精神的に調子を崩しちゃって……」


 黒田は目を伏せ、話しだした。


「ことの発端は、あいつが次の大会の選手に選ばれたことだと思う」


 剣道部では、夏の大会に向け、部員一同総当たり戦が行われていた。その時、中目木はある人に怪我をさせてしまったらしい。


「本当に事故だったんだよ。でも、中目木は気にしちゃって。何度も俺も謝りにいったよ」


 しかし、中目木の精神は立ち直ることはなかった。その後、選手に選ばれたことも大いに関係していた。


「あいつ、『辞退します』って何回も言ってたんだよ。本当なら選ばれてたのは自分じゃないからって」


 黒田は続ける。


「でも、そこからいじめが始まったんだ。あいつの私物が失くなったり、防具が壊されてたり……それであいつ、精神的に追い詰められちゃって」


 黒田の声が涙混じりになる。


「『剣道辞める』とまで言ってるんだ。そんなのおかしいよな? ツバサは誰より才能あるのに!」


 いやそんなこと知らないけどな、と由岐治は思ったが、黒田は涙に滲む充血した目を見ていると、悲しげに頷くしか出来ない。


「だからお願いだ! 犯人を捕まえて、中目木の心を軽くしてやってくれないか!?」


 黒田の懇願に、由岐治は少々釈然としない気持ちになった。犯人逮捕したからって、簡単に調子の戻るものでもないだろうに。


「怪我させた相手って、誰なんですか」


 赤城が常と変わらぬ調子で、とんと黒田に尋ねた。黒田は「うん……」と口ごもる。そして、少々困ったように扉の方を見て、囁いた。


「久能だよ」


 由岐治は目を見張る。それから、「久能って、その……」と、声を潜めた。黒田も神妙な顔をして、頷く。そして、顎を武道場の方へむけてしゃくった。


「わかると思うけど、久能は本当に実力者なんだ。だから久能が怪我したとき、みんな残念がっちゃってさ……中目木が落ち込む理由、わかるだろ」


 まあわからないではない。由岐治は、頷きつつも、再び気持ちが白けだすのがわかった。

 実力者でなくても、怪我は怪我だろ。平等に気にしろよ。功利主義の観点でいうと間違ってはいないのかも知れないが、微妙にこの言い草は気乗りしなかった。

 そもそも、用具室こんなところで、部内のいじめ問題なんてものが持ち出された時から興ざめだったのだ。しかも、用具室の扉は開けっ放しで……何度由岐治は、人の気配を確認したかしれない。何で、こいつ、こんなに無神経なんだろう? そう思っていた矢先に久能である。開いた扉の向こうにいるというのに、何だってんだ? 聞かせたいのかこいつ……とさえ思えてきた。

 なんかこいつの味方するの嫌だな……と、由岐治は思ったが、乗りかかった船だ。服も半脱ぎだし、先輩だし、聞くだけ聞かなきゃな……と、どうにか自分を納得させた。


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