第2話
その話が舞い込んだのは、蝉の鳴き始めた夏のころである。
「頼む! どうしても君に知恵を借りたいんだ!」
由岐治は、拝むように身をおる、眼前の存在を困惑気味に眺めていた。小柄な体格のわりにしっかりした手の、日焼けの層を見るともなしに見つめる。
「お願いだっ! 大会までに、どうにか
声でかいな、こいつ。
わざとやってんだろ。ホームルームのあとの人の集る教室で……由岐治はひしひしと、周囲からの視線を感じつつ、できうる限り穏便に、この場を逃れる方法を考えていた。
「いえ、僕はとてもお役に立てるとは思えませんから……」
「そんなことない!
励まされるように言われ、由岐治は微笑を塗り壁のように固めた。遠回しに断ってるんだよバカ、何、上から目線で話してるんだ。
「お願いだ、碓井君! 君なら中目木を助けてやれる! 頼む! どうか……」
「やめてください!」
うるうると目をうるませだした目の前の少年の次の行動が、由岐治には見えた。なので、さすがに由岐治は彼を止めようと手を伸ばしたが、そこは体育会系の素早さか――その時には彼は教室の床に膝をついていた。
「わかりました……、お力になれるかわかりませんが、様子を見るだけなら……」
なのでもう、観念して頷くしかなかった。少年はんばっと顔を上げ、由岐治の手を掴んだ。汗に湿った熱っぽい手が、由岐治のそれにはりついて、由岐治はぞーっとする。
「ありがとう、碓井君! 持つべきものは、名探偵の後輩だな!」
めちゃくちゃ遠く浅い関係じゃないか。
由岐治は、笑みのわだかまる口元をどうにかなだめ、頷いた。
「坊っちゃん」
「遅い!」
赤城が姿を現したのは、丁度そのあとで、由岐治が怒鳴ったのは言うまでもない。
※※
「剣道部にですか」
「ああ、先輩の頼みでな」
先輩、というところを敢えて皮肉たっぷりに強調して言ったのは、由岐治のせめてもの抵抗の証であった。先輩――
「いいじゃないですか、剣道。坊っちゃんやってらしたでしょう」
「よくない! 向こうはそれを口実にして呼んできてんだ! 僕を小物扱いしてるんだよ!」
この碓井由岐治を使い走るにするなんて、許すまじき無礼だ。由岐治は鞄をしょいなおす。肩に感じる重みが、何となく安心感を与えてくる。
「でも、坊っちゃん剣道お好きですよね」
「そうだ。だからこそ、気のおけない道場でやるんだ。何が悲しくて、気の詰まるところで、自分より弱い奴らのために僕が面倒見てあげなきゃいけないんだよ」
赤城は黙った。平素なら、由岐治が赤城のそのとぼけた顔を見て、会話の終止符は打たれるのだが、今日は違い、赤城は一言だけ発した。
「そんなこと言ってると、友達できませんよ」
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