第7話


 由岐治は瞠目する。滝口は、そんな由岐治を見て笑い、それから相羽と理紗を見やった。


「半年くらいかな。それで仲がいいんだ」

「はあ」


 由岐治は思わず生返事になったことを悔いた。しかし、どう反応していいものか、わからなかった。


「それで、今は江那さんと?」

「お、おい!」


 赤城の率直な問いに、由岐治はあわてる。しかし、実際に由岐治も気になっていたことだった。滝口は気にした様子もなく、「うん」と続ける。


「今年、江那ちゃんが中等部に入ってきたろ。それで亮丞が、江那ちゃんに惚れちゃってさ。それで理紗と別れて、猛アタックして今に至るわけ」

「はあ……」


 とんだ痴情のもつれだった。由岐治は、この話題を即刻やめたい気持ちになっていた。話の発端となった赤城は「そうなんですか」と素朴にうなずいているし、噂を持ち込んだ彼女たちは興味津々になっている。そして噂の元は、向こうで愉しげに談笑しているのであった。


「相羽先輩、とても情熱的でしたよね」

「ピーナッツバーの話は有名です!」

「ああ。君たちも好きだなあ」

「やだ!」

「だって素敵ですもの。自分のために、あれだけお好きだったピーナッツバーをやめてくださるなんて。あんな風にアプローチされたらって思いますわ」

「そうだね。あいつ、ああ見えて真面目で一途なんだよ」


 彼女たちは、もうすっかり他人事のロマンスに夢中になっていた。由岐治に言わせれば、すべてにおいてデバガメにしか思えなかった。人様の事情に首を突っ込んで、下世話にもほどがあるし、友人のことを、嬉々として話す方もいかがなものか。よくもまあ、こんなにも残忍なことができるものだ。何が一途だ、虫唾が走る。

 こんな集まりに参加しているだけで身が汚れる。しかし離れるわけにもいかないので、完全に気持ちだけは彼方に飛ばしていた。自分は知りませんよというつもりで。


「でも、理紗さんは、おつらいでしょうね」

「私ならつらくて、あんな風におつき合いできるか……」


 理性を取り戻したのか、いきなりとってつけたような取り繕いを始めた。ちらりと向こうで話す理紗に、憐憫のまなざしを向ける。由岐治は、彼らが話しに夢中なのをいいことに、顔を大きくしかめた。胸が悪くて仕方がなかった。


「そう思うでしょ。ところが、本当に円満な別れ。それどころか理紗が、ためらう江那ちゃんの背中おしてあげてさ」

「そうなんですか?」

「理紗はそういうやつなんだよな。だから亮丞もすごい信頼してるよ」

「すごい!」

「強い絆があるんですね!」

「あの情熱的なアプローチは、理沙さんとの信頼あってこそなんですね」


 由岐治は両腕を振り回して、叫びだしたい衝動を必死に耐えていた。胸が焼けて痛い。ちいさな火が、なめるように由岐治のうなじから後頭部まで上っていく。お前ら、みんな人間の屑だ、と喉元まで出掛かっている。荒くなった息を必死におさえた。


「坊ちゃん」


 赤城が、にゅっとサンドイッチをのせた皿を、つきだしてきた。


「サンドイッチ食べますか」

「お前、先輩が話している途中だろ」


 由岐治は、赤城を叱る。心にもない言葉だった。しかし実際、由岐治にとって意識せねばならない事案であった。そうでなければ、とっくにここから離れている。滝口たちが、由岐治と赤城をかえり見たところで、赤城のおなかが景気よく鳴った。


「ふふふ」

「いいところだったのに。おなか空いた?」

「すみません」

「いいよ、食べな」


 タイミングの良さに滝口たちは笑った。そして赤城に食べるよう促した。赤城は、サンドイッチを食べ始めた。もくもくと食べる赤城の表情は変わらないが、まとう空気が燦々と明るくなっている。滝口たちは、微笑ましげに眺めた。


「うまい?」

「美味しいです」


 目の前の光景に、由岐治はえもいわれぬ複雑な気持ちを抱えた。先までの空気が一変して、ほんわりと和んだものになっている。赤城は、このような得な性質をもっているのだ。そのことに対して、どうしようもない気持ちになるときがある。今回はありがたく働いたが、どうにもありがたいとは言いたくなかった。


「おかわり行ってきます」


 お皿を掲げて、赤城は頭をさげた。それにまた、皆が笑った。


「いいよ、行っておいで」

「でも、わかりますわ。お料理、美味しいですよね」

「理紗は気が利いてるからな。ああでも、赤城さん? 食べ過ぎないように。ケーキが出るからな」

「はい」

「楽しみですわ」


 話題は、パーティーの食事の話へ移り、そこで締めくくられた。


「坊ちゃんも行きましょう」

「好きにしろ」


 しかしその赤城の効果が、由岐治自身にも働いていることもまた、否定できなかった。由岐治は、音符をとばして歩く赤城に、ついていった。


 ◇◇


 時間も頃合いとなり、誕生日ケーキがやってきた。皆、歓声をあげる。

 大きなスクエア型のケーキには、秋のフルーツがふんだんにあしらわれており、グラサージュのもと、きらきらと宝石のように輝いていた。ケーキの右側に、ホワイトチョコのメッセージプレートがのっており、そこだけ苺で囲んであった。

 Happy Birthday――茶色のチョコで書かれた文字はあたたかに誇らしげだった。

 ろうそくに火がともされ、あたりが暗くなる。皆でバースデーソングを歌い、手をたたいた。ろうそくの火に、理紗の微笑が、ゆらゆらと照らし出されていた。

 ふっと一息に火が消され、周囲のテンションは最高潮になった。明かりがつく。

 理紗の友人と思しき少女たちが、ナイフを取り出した。そうしてチョコプレートと、苺の部分を丁寧に切り取りお皿に盛ると、理紗に渡した。理紗は受け取ると、お皿を顔の近くまで掲げた。


「ありがとう、みなさん!」


 そうして、にっこりと笑った。「おめでとう、リサ!」相羽が声を上げた。皆からも口々に、祝いの声がかけられる。

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