幸せな日々を生きる

「アレス―!そろそろご飯よーー!」

畑仕事に汗を流している俺は、愛しの人の声を聞き口元が緩む。


「ありがとうディア。俺も丁度ひと区切り付いたところだ。義父上と義母上も、もうおられるのだろうか」

「もうとっくに準備万端、アレスを待ってるわ」

なんてことだ。また私が時間を忘れ作業をしていたせいで、待たせてしまった。

俺は慌てて首のタオルで汗を拭き、大急ぎで農具を片付けるとディアの元へと走る。


「またせたな。じゃあ早くいかなきゃな」

「大丈夫よ。父上も母上ものんびり待ってるわ。それに、アレスが領地を改革してくれているから助かってると、いつも感謝してるんだから、大丈夫よ」

「ならいいけど……」

そして俺は、ディアと手をつないで屋敷へとゆっくりと歩いていく。本当は少し急ぎたいのだが、そこはディアが指を絡ませ早く歩こうとしないのだから、仕方がないのだとあきらめる。

何よりこの手のぬくもりが愛おしい。


「本当は畑仕事なんてしていないで、アレスはのんびりとしていればいいのに……」

「そうは言ってもな……体を動かしていないと落ち着かんのだ……」

「じゃあもっと私をかまってくれても、いいんじゃないですか?」

「うぐっ」

ディアの握る手に力は篭る。俺だって本当はそうしたいのが本音なのだが、どうもディアの実家だと思うと、昼間からいちゃつくのもどうか?と思ってしまう。


魔王討伐後にディアの実家に転がり込んでからすでに一年。

心配していたディアの御両親にはすんなりと受け入れられていた。義父上もむしろこんなお転婆を貰ってくれるなんて……と号泣されていた。


それから小さな領地であったグウィディオン領は、実は面積だけは広大であった。しかしそのほとんどが魔の森と言われる未開拓地であった。

もちろん俺がそこを放っておくはずもなく、最初の1ヵ月は寝る間も惜しんで森の魔物を殲滅していった。

今では元々いた領民たちと一緒になって森だった場所を切り開き、建物や田畑であったりと急ピッチで整備して有効に活用している。

まだかなり残っている森では、野性の動物たちも多数生存しており、魔物が駆逐された影響かどんどん数も増えているので、それらも有効に活用している。


一年たった今ではそれなりに広くなった領土で、新たな領民募集をかけて、近隣の領土から大量の領民が流れこんできているようだ。

やることが無くなってしまった俺は、屋敷の近くに畑を作って毎日適度に汗を流していた。


そんな俺とディアの二人が屋敷にたどり着くと、そこにはこんな田舎の領には似つかわしくない豪華な馬車が止まっていた。

嫌な予感と共に屋敷の玄関を開けると、そこにはカチコチに固まっている義父上と義母上、ディアの弟くんが直立不動で立っていた。目の前の片腕の無い王に緊張しているようであった。


「なぜお前がここにいる……」

俺はその王に威圧を飛ばす。左右に控えていた護衛が少し前に出て腰の剣に手を添えるが、それを王は静した。


「こんなことを頼める義は無いのは分かっている……だが、この国の一大事なのだ。この領にもかかわることでもある。なんとか助けてくれないだろうか……」

そう言って深く頭をさげる王を見ても、俺の心は一ミリも動かなかった。


これ以上顔も見たくないとお帰り頂くつもりだったのだが、義父上が俺の腰に縋り付いてきて「どうか助けてほしい」とお願いされたので、助けざるえなくなってしまった。


話を聞くと、その問題と言うのが隣国であるダラス帝国という強国からの侵略行為についてであった。


元々魔王討伐まではと停戦協定を結んでいたのだが、黙っていたはずの魔王がいなくなったことが帝国側にもバレたということで、宣戦布告をされているという。


ため息交じりに引き受けた俺は、ディアを抱き寄せると帝国の首都ダイカーンへと転移した。


「ここってダイカーン?」

「そうだ。勇者に選ばれる前に一度だけ、魔物の進軍を食い止める助っ人として来たことがあるからな。だがこの国の城には入ったことがないから……どうしたもんか」

俺は目の前に見える城を見て、強行突破するしかないかと考えていた。


「じゃあ……騒ぎでも起こす?」

「ディ、ディア?何をいってるんだ?」

突然のディアの提案に、俺は戸惑うしかなかった。


「だって、騒ぎを起こせば衛兵かなんかが来るでしょ?そしたらそこで手を出せばひどい目にあうぞ!って宣言したら終わりじゃない?」

「そういうことか……だがそんなにうまくは行かないと思うぞ?」

どうせそれについて激怒して攻めてくる未来しか見えなかった。しかしディアのこういう好戦的なところは変わらないなと改めて思う。まあそこが愛おしいのだが……


「よし!このまま真っすぐ城に向かうか。そして全てなぎ倒していけばいいだろう」

「そうだね。私も久しぶりに暴れたい」

俺たちは城までの長い道を早足で駆け抜けた。


すぐに街の衛兵たちが「何事か」と道をふさぐように立ちはだかる。


「おいお前たぐはっ!」

俺は「邪魔だ」と一声かけるとその衛兵たちを足蹴にして吹き飛ばしていった。


周りの衛兵たちが大声で仲間を呼んでいるようで、次第に集まる衛兵の数も多くなっていく。しかしそんなことが何の障害にもならない。俺は体に魔力を纏わせ、そのまま一直線に駆けていく。

魔王を倒して一年。毎日呆れるほどに全能力が上がっていくのを感じている。きっとあの神は俺を人ではない何かに作り替えてしまったのだろう。


気付けば俺たち二人は王城の大きな門を二人で一緒に蹴飛ばしていた。

互いに先を争ったあの頃とは違う、扉蹴飛ばしの共同作業であった。


城に入ってからも立ちふさがる兵たちをドンドン突き飛ばしていく。まるで暴走列車のようにだた真っすぐに進む二人であったが、遂にその足は止まる。正面は壁。どっちにいったら王がいるのか見当がつかなかった。


「お、お前たち何者だ!」

少し高そうな鎧に身を纏った男が声をかけてきたので、これ幸いにと聞いてみる。


「お前たちの王はどこにいる!勇者がお前を討伐しに来たと伝えろ!」

「な、なにっ!」

そう言う男の目線が一瞬自分の後方を窺うように動いたのを見逃しはしなかった。


そのまま戸惑っている男を蹴飛ばし、目線が動いた方向に走る。ディアもその後を付いていく。

そしてたどり着いたひときわ豪華な扉。


「じゃあ行くか」

「そうね」

二人でその扉を蹴り飛ばすと、ものすごい音と共にひしゃげた扉が広い部屋の中をすべっていった。


「な、なにやつだ!」

中にいた者たちが一斉に臨戦態勢にうつるが、どうやら我先にと攻撃を仕掛けてくる輩はいなかった様だ。


「お出迎え感謝する。俺が勇者だ。なにやら俺たちの国にちょっかいを出してきているようだが……俺の敵になるということでいいんだよな?」

俺のその言葉を聞いた一番高いところに座っていた王と思われる男が瞬時に立ち上がる。


「お、お前があの勇者だというのか!戦争にまで出張ってくるというのだな!」

「ちげーよ!俺の敵になるのかどうか。それを聞きに来ただけだ!」

睨みつけると小さく悲鳴を上げる王を見て、こいつを殺ったら戦争は止まるだろうか?と考える。


「て、敵!じゃない!おま……あなた様とは戦わない……俺は、私はどうしたらいいのだ?勇者殿、教えてほしい……」

思いがけず王の弱腰な言葉に安堵した。これなら脅せば大丈夫かと。


「王国からは手をひけ。手を出さなければ何もしない。お互い欲を出さないことだ。折角魔王がいなくなったのだからな……」

俺の言葉にコクコクと頷く帝国の王。


「あと俺は転移が使えるからな。この場所も覚えた。何かあれば殺しに来るからな。約束を違えぬことだ……」

さらに王の首の上下運動が早くなる。


「さあ、帰ろうかディア」

「あら、新婚旅行はもう終わり?」

ディアを抱き寄せささやくと、そのディアからは予想外の不満の声が返ってきた。


「おい……ついでに聞いておく。この国で一番おすすめのスポットを教えろ。もちろんカップル向けのな!」

「いやワシはそんなの……」

どうやらこの王はそういうことには疎いらしい。


「こ、ここから東に10キロほど離れたところに湖があります!もう少し時間が経てば夕日の見える絶景スポットと聞いております!」

近くにいた兵が直立不動で叫ぶ。


「そうか、ありがとう!」

俺はその男に軽く手を上げ礼を言うと、ディアを抱き寄せ城の外へと転移した。


「東は、こっちだな」

「きゃっ」

俺はディアを胸に抱き上げると、東の方へ向かって飛ぶように駆けていった。

東へ暫く走った俺たちは、湖のほとりにたどり着いた。


「中々いいもんだな」

「そうね。のんびりこんな風景を見れたのはちょっとラッキーだったかも……」

言われた通りの絶景スポット。

湖の周りは白い砂浜が整備されているようだった。確かにカップルが多いようで互いに肩を抱き合い座っていた。目の前には大きな湖、その向こうには緑の生い茂った山が見えている。


暫く座って語り合えば、その湖面に夕日がきれいに反射する。気付けば隣のディアはうっとりした瞳でその光景を眺めていた。

またここに来てもいいかもな。そう思いながらひと時の休息を堪能した。


◆◇◆◇◆


ディアと二人で屋敷の前に転移する。

すぐ近くにあった馬車の前には、なぜか王とその護衛が立っていた。


転移した瞬間に軽く悲鳴を上げられたため、少し吹き出しそうになってしまう。もしかしたら義父上たちと一緒にいるのに気まずさを感じて出てきたのだろうか?

慌てて王がこちらに走ってきた。護衛もそれに付いてくる。


「ア、アーレス殿……その、どうなったのか教えて頂いてもよろしいか?」

「ああ、向こうの王にはしっかりと脅しといた。よっぽどのバカではないかぎり手は出してこないだろうよ」

その言葉を聞いた王は膝をつき喜びの表情をしていた。よっぽど心配だったのだろうか。


「それと、良い機会だから言っておく。このグウィディオン領は王国から独立する」

護衛の二人が歯噛みするように表情をこわばらせ前へ出ようとするが、王はそれを制した。


「今回のようなことがあれば仕方がないから言ってこい。詳しい話は文官でも寄こすんだな。義父上と話せばいい。後で伝えておく」

「わ、わかった……今後は交流はせずとも同盟国のような形での付き合いができれば、幸いだ……」

交流はせずとも……か。『中々わかってるじゃないか』と言いそうになったがそこは自重した。これからは国同士になるのだからな。穏便にいかねばならぬか。まあ……どうでもいいか。


「じゃあ、国王殿、本日はご足労ありがとう……じゃあな」

「あ、ああ。非常に助かりました。今後ともよろしくお願いしたい。では……」

王が頭を軽く下げ馬車へと戻る。それを補助する護衛と、俺を睨みつける護衛。

切りかかる勇気もないくせに……そう思って少し口元が緩みそうになるが、俺は片手を少し上げると、ディアと一緒に見送りもせず館へと入っていった。


そこからは少し大変だった。

義父上に独立したことを話すと、悲鳴を上げて倒れそうになった。幸いディアがすぐに支えてくれたが、これからはこのグウィディオンの王として頑張ってもらおうと思う。

それから何度も「王位を譲る」と言われるのだが、しばらくはディアと二人で仲良く暮らす日々を送らせてほしい。そうだな、まあディアに新しい命が授かれば……王という立場も考えよう。


それまでは今回のように色々な国を回ってみるのもいいかもな。

改めて二人の幸せな日々を堪能しよう。俺はそう思い、ディアを抱き寄せる手に力を入れた。


いつまでも二人仲良く、愛し合い生きていのだ……



おしまい

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勇者と魔導姫と女騎士と 安ころもっち @an_koromochi

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