第10話

俺を本当に愛してくれていた。必死で購おうとしてくれた。そんな彼女に……俺は今更、何ができる……


やっとの思いで全ての魔物を切り捨てる。

俺の斬撃で腹部が切り裂かれているディアーナの、冷たくなった亡骸を抱きしめる。

俺は声をあげて泣いていた。

もう遅い。できれば彼女と一緒にこの世界でのんびりと余生を暮らしたかった……でも全てが遅かったのだ。気づくことができなかったのだ……


いや?……遅いかった、のか?もう取り返しがはつかないのか?

……そうだ!俺は!

……なぜ思いつかなかったんだ!

冷静じゃないにもほどがある!


俺は収納から慌てて薬瓶を取り出した。

最後の街で買ったもしもの時のとっておき。使われないことを祈ったお守り替わりの……蘇生薬。急いで蓋を開けようと藻掻いた。手が震えてうまく開けられない。焦る気持ちが手元をさらに狂わせる。


暫く格闘し、なんとか蓋を開けたその瓶の口を、ディアーナの唇にあて注ぎ入れた。


しかしその液体は飲み込まれず、口元から垂れていく。

俺は慌ててその口元を押さえる。


ダメなのか……


本来、蘇生薬は瀕死の重傷の際に飲ませ、肉体を復活させるものだ。

すでに死が確定した場合は……そうだった……俺はやっと思い出す。兵士時代に仲間に聞いた話を……


「ディアーナ……すまんな。後でちゃんと謝って、責任も取るから……だから戻ってきてくれ……」


俺は残りの蘇生薬を口に含むと、ディアーナに口を押し当てそのまま強引に流し込んでいく。長い時間、その冷たい唇をふさぎ続ける。俺の吐いた呼吸がディアーナの中にも届いているだろうか……


ディアーナの喉元がごくりと動く。そしてディアーナが、ゆっくりと目を開けた……。

俺は慌てて押し付けていた唇を離した。


ディアーナの口元には溢れ出た紫色の液体が垂れる。

驚いて目を見開いたディアーナは俺の顔を見ていた。俺の口元からも垂れている液体を見ているのかもしれない。そして顔を赤くして指先で自分の唇をなぞる。よかった。血色が戻ってきたようだ。


「ディ、ディアーナ……その、なんだ……日記をな、読んでしまったんだ……そして反省してだな、蘇生薬をその、飲まなかったもんだから、な、いやすまん……」


上手な言い訳が言える自信もなかった俺は、途中であきらめ下を向いた。


「いえ。ありがとうございます。でも……もしよければ、責任を、取っていただくという訳にはいかないでしょうか……」


目が点になるとはこのことだ。

俺から言わねばならないことを女性に言わせてしまったのだから。


俺は慌ててディアーナの前に膝をつき、その手を握る。


「すまん。俺から言わせてくれ。責任とかではなく、できれば俺と……どこか遠くで、のんびり暮らしてくれないだろうか?」

「はい!嬉しいです!」


俺の告白に即答したディアーナは、目をつぶり涙を流した。

俺も涙を止められず、彼女の体を抱き起こすと、その唇をもう一度ふさぐことでごまかした。


◆◇◆◇◆


それから数日。

二人は魔王城で体を休めていた。


俺自身は正直すぐにでも動ける状態であった。しかしディアーナは一度死んでいるのだから、無理はさせたくない。そう思って強引にその城にとどまっていた。

何度か魔物が入ってきたがそれは俺が軽く切って捨てた。ますます自分が強くなっていることを実感する。そろそろ頃合いか……俺はディアーナに最後の確認をした。


「ディアーナ。体はもう大丈夫か?」

「アレースは心配性だ、心配性だわ。私ならもう大丈夫……ですわ」


ディアーナは今、必死で言葉を直している最中であった。騎士として生きることをやめたというディアーナ。おしとやかな言葉遣いを練習中である。その様子に心が温かくなり少しだけ微笑んた。


「あっ!笑わないでよ!まだ慣れなくて……でも絶対貴族婦人っぽくなってやるんだから!ですわ!」

「いやいや、俺は、元々平民だぞ?ありのままの君が好きなんだ」


それを聞いて頬を赤くしながらふふふと笑うディアーナ。それを見ながら俺は頬をかく。


「じゃあ、そろそろ行くか」

「うん!」

「でも本当にいいのか?先にディアーナの実家に送り届けてから、俺一人で殴り込んでもいいんだぞ?」

「私も一緒に行くからな!じゃなかった、私も一緒に行くわ!一言文句言ってやらなきゃ、私だって気がすまないんだからね!」


俺はもう一度笑いながら、ディアーナを抱きしめる。そして軽く咳ばらいをした後、少し顔に血が集まるのを感じながらディアーナに声を掛ける。


「じゃあ行こう……ディア」

「う、うん……アレス……」


俺は抱きしめる手に力を入れながら、懐かしい王城を思い浮かべて転移した。


◆◇◆◇◆


景色が変わる。


思い浮かべた王城の一室に二人で転移されるが、その部屋には誰もいなかった。

誰も座っていない王座に、少し寂しさを感じる。


「残念。いなかったな」

「謁見がないなら多分執務室にいるはず!こっちよ!」


さすが元聖騎士団長。頼もしい。

俺は先を行くディアーナを追い越して、その部屋の扉を蹴り倒した。やはりこれは気持ちが良い。後ろでディアーナの笑い声がした。


「子供みたいだねアレス」

「まあ、そうだな」


再び先頭に立ったディアーナが、物音を聞きつけてやってきた兵たちを蹴り飛ばしていく。まあ相手は全員、元同僚の聖騎士隊だからな。切り捨てたりできないのは仕方ないだろう。

俺も横から飛び掛かってきた者たちを蹴り飛ばす。これはこれで気持ちがいいものだ。胸がスッとするのを感じながらディアーナの後を付いていく。


「多分ここ」

「よし来た!」


そして俺はまたその目的の扉を蹴り飛ばそうと足を引くと……ガシンと大きな音がして、ディアーナに先を越されたようだ。


「ほんとだ!すっごく良いかも!」

「おいディア。俺の楽しみを奪うなよ……」


拗ねたように愚痴ってみる俺にディアーナは舌を出して笑っていた。


「何奴だ!」


部屋からは怒号が聞こえてきた。そして室内をようやく確認すると、三人ほど武装した兵がこちらに剣を抜いて身構えていた。


「ゆ、勇者!それにディアーナ団長?なにを……」

「全然ダメ、そんなことを確認する前に、拘束しなきゃ……」


叫んだ兵は、言葉を最後まで発することなく、横からのディアーナの手刀で意識を刈り取られていた。

それでやっと動き出した二人の兵は、すぐに俺に叩きつけられ気絶してしまう。


残されたのは王のみであった。


「な、何事だ!それにルーナは!私の可愛い姫はどこにいる!あの子に怪我でもさせたというなら……許さんぞ!ぐぁーーー!」


目の前の王の言葉に我慢ができなくなり、その腕を炎とともに切って落とす。

焼けただれたおかげであまり血は滴り落ちていないが、かなりの苦痛であろう。目の前の王はうずくまり痛みに堪え呻いていた。


「あんたの大事な姫なら……ほら、ここにいるよ」


そう言いながら、回収しておいたルーナの半身を王に投げつけた。

驚きで目を見開きながら、這うようにその亡骸に近づき、片手でその姫だったものを抱きかかえる。そして何やら叫びながら泣いていた。俺への恨み言も叫んでいるようだった。だが俺の心は晴れやかだ。

もう好きに言ったらいい。屑に何を言われようが何も感じない。


「魔王はちゃんと殺したよ。お前の娘はその俺を裏切った。俺に首輪を嵌めやがった。だから俺はその首輪を引き千切り、そしてその姫も叩き切った……どっちが悪いと思う?」


冷静に放った俺のその言葉に、王は首を左右にふるだけで、何も答えてはくれなかった。


「俺はこれから、グウィディオン家の領地に行く。王都からはかなり離れているからな。そこでこの、ディアーナと静かに暮らす。邪魔はしないことだ。邪魔をするなら、こんな国、全てぶっ壊してやるからな……よく覚えておけ!」


ディアーナを抱き寄せながら王に警告を告げる。

王がコクコクと頷く姿を確認すると、再びディアーナを強く抱き寄せた。


「ディア?さっきから黙ってるけどいいのかい?何も言わないならもう行くけど」

「うん大丈夫!結局言いたいことはアレスが全部言ってくれたから……早く行こう。父上と母上に……早くアレスを紹介したいの……」


恥ずかしそうに頬を赤らめるディアーナを見ながら、俺は兵士時代に訪れたことのあるグウィディオン家の領地、クラディオの街に転移した。


景色が変わる。少し寂れているが良い街だ。


「ここからなら、ゆっくり歩いても1時間ほどで付くわ」


笑顔のディアーナがまぶしい。

絶対に認めてくれるという彼女の言葉を信じて、二人で腕を絡ませながらゆっくりと男爵邸へと歩いていく。


そしてこれからの人生も、何があっても二人で生きていこう。


二人の愛の物語はやっと幕を開けた。





・・・ Fin ・・・

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