古藤圭子
今回、雪上と九曜を展覧会に誘ってくれた古藤圭子と言う女性について。
年齢を聞いたことは無いが、見た目から恐らく七十代ぐらいだと雪上は思っている。
八重本町の隣町に大きな屋敷に住んでおり、先述したが、彼女の所有する”きつねの嫁入り”と言う掛け軸を見せてもらうために、雪上も屋敷に訪れたことがある。
その掛け軸と言うのは、有名な日本画家である伊藤藍が描いたもので、本来であれば大きな国営の美術館や博物館にあってもおかしくないほど貴重な作品である。それが、なぜ古藤圭子という女性の家にあるかというと、古藤と伊藤藍は幼馴染で、きつねの嫁入りの掛け軸は二人の幼い頃の経験談を元に描き、伊藤藍が古藤に贈ったものだとか。古藤と会ったのは掛け軸を見せてもらったその時だけだった。
それから、雪上は知らなかったが、九曜はそれ以降も季節の挨拶などの古藤とやり取りをしていたらしい。
『先日、お世話になったので、そのお礼もかねてチケットは古藤さんの方で用意させて欲しいと言われたのだが、とりあえず学生料金で買い取らせて欲しいとお願いした』
少しして、九曜からそうメッセージがあった。
掛け軸を見せてもらうのに古藤の屋敷へお邪魔した際に、多少の問題が起こり、九曜と雪上はその時に少しばかり解決にあたっての手助けをした。多分その時のお礼をのことを言っているのだろうと、あえて聞かなかったがそう思った。
『いくらですか?』
雪上がそう返信をすると、ワンコインだとかえって来た。
マイナーな展示会なのかと思ったが、WEBで検索するとしっかりとした内容で美術館のホームページに紹介されてる、規模の大きな展示会だと知って驚いた。
ちなみに、古藤は展覧会を開催する美術館で臨時スタッフとして仕事を始めたのだと説明を付け加えた文面も送られてきた。
伊藤藍は若くして亡くなくなった。その画家が若き日に夢見ていた、後輩の育成という志を古藤は受け継ぎ、彼女が出来る範囲で若い画家の支援をしていると、そんな話も聞いていたので、美術館で臨時スタッフとして、働き始めたという話を来てもそれほど、驚く事はなかった。
雪上は家に帰って来たばかりではあったが、もう一度、家の近くの図書館に向かう。
今度は画家、富本司について調べるためである。
閲覧室に設置されている検索用の機械を使って、画家の名前を打ち込むと、いくつかの書籍がヒットした。雪上は参考になりそうな資料の場所を示す、印刷したレシートを持って、本がある棚を探す。
雪上がピックアップした本はどれも棚にあった。
本たちを集めて閲覧席に向かう。
ほとんどが彼の画集で、手始めに、一番小さい冊子をパラパラとページをめくってみる。
彼の描いたと絵とその隣のページに絵についての評価と彼の経歴を交えた説明書きが添えられており、フーンと思いながら目を通し、パラパラとページをめくる。これと言って、参考になりそうな説明はなかった。
次に、持って来た中で一番大きな冊子を開く。
目次があり、富本司が学生の頃から描いた作品が年代順に並んでいる。
ページをめくると、はじめに定型のあいさつ文があった。
その文面から富本司は八重本町の出身だと知る。あいさつ文は才能のある画家が若くして夭折したことについてのお悔やみの言葉で締めくくられ、その辺りはさらりと目を通し、さらにページを進める。
目に飛び込んで来たのは、人物や静物のデッサン画。
本自体が大きいからか、先ほどの小さな本よりも迫力が感じられた。彼の絵はざっくりと描かれている様で、非常に緻密に描写された絵だと感じる。それから、どこか淋しそうな絵だとも思った。
描かれた人物が無表情だったからか、それともりんごに色がなかったからか。その理由はわからないけれども。
デッサンが数ページ続き、次に目に飛び込んで来たのは、油彩画。
雪上の中で、絵画と聞いて思い浮かぶのは迫力のあるゴッホ、ルノワール、モネなどの光の溢れる画家の描いた絵だが、しかし今、目の前に広げた本にあるのは、画面のほとんどが、黒で塗りつぶされ、その暗闇の真ん中に人の顔の様なモノが描かれている。今までに見たことのないタイプの絵だった。よくよく見ると、顔ではないただの色の集合体にも見える。雪には顔の様に見えたのでそう思った。
タイトルは”こころ”。
画家自身の悲痛な何かを訴えているように感じられた。
独創的で、でもピカソやダリとも違う。富本司、だけが持つ画風とでもいうのだろうか。見ているこちらが辛くなってきそうだ。
解説には富本司はこの頃、精神面の不調に悩んでいたと書かれている。
はっきりとした病名は明記されていないが、内容から推察するに、精神疾患を抱えていたのだと思う。
こんな画を描く画家だったのか。
平々凡々の雪上には理解しきれない“何か”を抱えていたのだろう。
さらにページを進める。
同じようなカラーの絵が続く中で、妙に明るい絵がいくつか出てくる。もしかしたら、体調が少し良くなった時に描いたのかと思って、さらに数ページめくるとまた、ぐんと色彩が暗くなる。
独創的でSF的な作風はなかなか受け入れられなかったが、ようやく日の目を見た。そんな時に、マンションから飛び降り自殺を図る。
普通に考えてそんな時に死を意識するはずがないと思うのだが、彼は死に引きずられてしまったのだろうか。
――あの辺りは処刑場だった。
動画のテロップを思い出す。富本は見えない何かに手を引かれてそのまま………………。
首を振り、重たくなった考えを霧散させ、ページをさらに進める。
最後のページには彼の絶筆が掲載されていた。
まだ背景の色しか塗られていないが、その色はこころなしか他の作品よりも明るい色で構成され、なんとなく希望が感じられた。ここから、一体どんな絵を完成させるつもりだったのか。彼、亡き今となってはわからない。
この画家が雪上の知る、あの八重本町にあるマンションで死を迎えていたと言う事実があって、十年前と言えば、雪上が小学生の時。遊ぶことに夢中で当時そんなニュースがあったなんて全く知らなかった。
九曜から今回展覧会の誘いを受けたのは本当に偶然なのだろうか。その質問の答えは見えない。
本を閉じた時、不思議な感覚に包まていた。
他にも持ってきた、資料をぱらぱらとめくり、取り憑かれるかのように富本司の絵を凝視する。
持ってきた全ての画集に富本司が亡くなったと言う事実は記載されているが、なぜ彼が亡くなったのか。彼の死について、深く考察が書かれている資料は一つもなかった。雪上が探していたのはその情報だったので、当てが外れたことになる。
「ふう」
小さくため息をつき、閲覧席の椅子に体重を預け、天井を見上げた。
富本司という画家について他に調べる方法として、現時点で残されている手段は、九曜が誘ってくれた展覧会に行き、美術館の学芸員に直接話を聞くこと。
もしかしたら、案外、古藤が詳しかったりするかもしれない。
どうして、こんなにも彼の死に疑問を抱いたのか。
雪上自身もはっきりと答えを言うことは難しい。ただ、なにかひっかかるものがあった。頭がこんがらがって、なんとなく自分でいい方向に結論をつけてみる。もし、これ以上のことが分からなかったとしても、絶対に調べなければいけない事案という訳でもないのだと考え、気持ちを軽くする。
富本司と言う画家の存在以外にもう一つ、雪上が気になっているのはあの動画で見た、“赤い文字”について。
席を立ち上がり、持ってきた富本司の画集などを一旦返却すると、今度は八重本町について書かれた資料を探しに行く。集めるのは、“怪談話”とか、“住民のこぼれ話”などという、文言がタイトルに含まれている、どちらかというとあまり堅苦しくない、八重本町について書かれた本たち。
それらもあさって見たが、目ぼしい情報はなかった。
赤と聞いて、雪上思い浮かべるのいは、血液の赤である。
元々、九曜と民話の研究をしていたこともあって、“血塗れ”、“血碑”など、血液の赤を連想させる、言葉を持った史跡などは時々見られ、確か……川の血を赤く染めたという住職の話も、どこかで聞いたことがあったなどと思い出す。
昔々、古戦場だった場所や、斬首した首を晒した石なども、時が経てば、農地になったり、森林に埋まっていたり、現代では探すことが難しい場所はいくつもある。
そんなふうに思っていると、そういえば雪上の身近に、八重本町に出身地の友人がいることを思い出した。
山内昌也。
腐れ縁の友人の一人だ。
早速連絡を取ってみようとスマホを取り出す。
『八重本町に伝わる、古い話で”赤い文字”ついて知らないか?』
ただそれだけの文面を送信した。
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