第40話 元暗殺者と魔王

 自分にしかできないこと、それは書類業務。

 前魔王様が職務放棄していたおかげで、時間差で僕の元には大量の雑務が舞い込んできた。


 必死に書類の束と納期に押しつぶされそうになっている中、当の本人は僕の膝を枕にして体を丸めている。


「リタの言った通り、魔王の仕事って本当に地味だね」


「でしょー」


「でも、だからってサボっていいわけじゃないと思う。次期大魔王様の仕事はないの?」


「まだ大魔王補佐だから、仕事なんて回ってこないんだよー」


「じゃあ、この書類は何? 各国の勇者リストの集計って、大魔王補佐様の初仕事じゃないの?」


「……ごめんなさい」


 上目遣いで目を潤ませられると強くは言えない。

 リタだって、分かってやってるはずだ。

 それなのに僕の体は言うことをきかなかった。


「まぁいいよ。納期過ぎてるけど、後で目を通すよ。他の魔王に小言を言われるのにも慣れたしね」


「そっちはいつでも言って。すぐにボコってくるから! 気が収まらなかったら、首の二つや三つ引っ提げてくるから!」


「いらないよ」


 歴史上初めて人間で魔王になった僕への風当たりは強いなんてものじゃなかった。


 大魔王の娘の彼氏で、なぜか影魔法を継承しているとなれば、妬み嫉みのオンパレードだったわけだ。


 あまりにも耳障りだったから、少しだけ怒ってしまったことがある。

 それからめっきり大人しくなって、暖かく魔族の輪に入れてくれたのだから、話せば分かる連中なのだ。


 でなければ、人種族と同じ国で共存なんてできないだろう。


「もう行かないと。ギリギリまで粘ったけど、時間切れだ」


「あ、そっか。英雄の一人として、グラントゥ帝国で皇帝と謁見だったね」


「面倒くさいんだよ」


「舐めた口を利いてきたら、ぶっ飛ばしていいからね」


「よし! これで僕が問題を起こしても大魔王補佐様の責任になるぞー」


 少しだけやる気が出てきた。

 正装で来い、という指示だからワレンチュール王国の紋章の入った軍服まがいを着て、影の転移魔法を発動させた。


 到着したのは、この大陸で一番大きな帝国の帝宮の前だ。


「珍しく早いじゃねぇか」


「苦しそうだね」


 そう声をかけてきたのは筋骨隆々な体に無理矢理、正装を着させられたゴーシュだった。

 せっかくの一丁羅が今にもはち切れそうになっている。


「あら、意外なお二人が先だなんて」


 イリスはお淑やかなドレス姿で軽くカーテシーした。


「よぉ。勇者様はまだか」


「君たちは全くなってない。イリス、素敵なドレスだね。とっても似合っているよ」


 帝宮の門の向こう側から呆れ顔で現れたレイヴは僕たちに見向きもせずにイリスに向かった。


「ありがとうございます。レイヴさんも素敵です」


 合図したわけではないけれど、僕とゴーシュは顔を見合わせた。


「ここに浮気している人がいます!」


「妻帯者のくせに、元同僚を口説こうとする勇者様がいるぞ!」


 他国で、しかも往来のど真ん中だというのについテンションが上がってしまった。

 あと、少しむかついた。


 名誉を傷つけられているというのに、レイヴは爆笑するだけで訂正する様子はない。イリスもクスクス笑って満更でもなさそうだった。


 あれ、本当にデキてるとかないよね?

 仲間内でこじれるのはヤだよ。


「ごほんっ! ワレンチュールの英雄御一行殿、皇帝陛下がお待ちです。こちらへ」


 大臣のような出立ちの男に案内された僕たちは、ワレンチュールの王宮よりも豪華な帝宮の中を進み、謁見の間へと入った。


 長ったらしい挨拶はレイヴに任せ、僕たちは後ろに控えている。


 うちのリーダーだからね。それに王配だからね、仕方ないね。


 こういう雰囲気は苦手だから、レイヴが一緒だと気が楽でいい。

 魔王会議にも同伴してくれないかなぁ。


 今日、僕たちが帝国を訪れた理由は、向こうの皇帝が僕たちの顔をひと目見たいと言ってきたことに加え、牽制する必要があったからだ。


 欲しいものを全て手に入れてきたからと言って、ハートエリクサーの機密情報を寄越せ、とはあまりにも横暴だ。


 別にワレンチュールのファーリー国王陛下は、ハートエリクサーを独占しようとしているわけではない。

 ドクタリア連邦と共同して研究し、双子強弱症の特効薬開発に尽力しているのだ。


 グラントゥ帝国としては、仲間外れにされたのが気に食わないのだろう。


 王国と連邦は蔓延する双子強弱症の治療法として、ハートエリクサーを使用するつもりだが、この尊大な態度の皇帝陛下は私利私欲のために使いたがっている。


 ワレンチュール王族直轄の諜報部隊からの報告だと、各国と戦争を始め、負傷した兵をハートエリクサーで無限に回復させようとしているらしい。


 更に帝国配属の魔王からのたれこみもある。

 ハートエリクサーという名の心臓を移植して、いにしえの魔獣の復活を企てているとか。


 この話は当然、北の大魔王の耳にも入っている。


 だから、僕まで呼び出された。

 いや、元々勇者パーティーだから参上するのは確定なんだけど、魔王の立場としてもここに居るというややこしい状況なのだ。


「先程から何やら勘違しているようだな。余はこの世界のために言っておるのだ。いつ大魔王軍が攻めてくるか分からん。それに、人手は多い方がよかろう。帝国には優秀な人材が集まっているぞ」


 あの手この手でハートエリクサーの件に一枚噛もうとする皇帝陛下には頭が下がる。だけど、レイヴは折れなかった。


 あー、早く帰りたい。

 今度は僕が膝枕してもらう番だったのに。


「貴様らのような若造には分からんだろう。かつて人種族と魔族が協力して封印した古の魔獣を味方につけた方こそが、この世界を支配するのだ」


 あーあ。僕がぼーっとしている間に魔獣の名前まで出ちゃったよ。


 これにはレイヴも諦め顔だった。


「皇帝陛下、それは人種族と魔族の均衡を破る行為です。魔王軍から粛清されても文句は言えなくなります」


「戯言を。ここに魔族はおらん。帝宮の対魔術式は完璧だ。貴様らの魔法もここでは発動できん。断言する! この話は魔族側には漏れん」


 下品な顔で、下品な笑い声を上げる皇帝を横目にレイヴが僕を振り向いた。


「だってさ、ユーキ」


「んー、面倒事に発展させないでよ」


 僕の影魔法とイリスの闇魔法の臭いは完全に消してから謁見している。

 この偽装は誰であろうと看破できない。


 もちろん、この場所で魔法の発動も可能だ。

 うちの魔法使いは魔力回路とか術式とかをぶっ壊すのが好きなんだ。いや、得意なんだ。

 彼女の右に出る者なんて、いくら帝国広しといえど居ないだろう。


「王族直属の暗殺者だったな。貴様一人に何ができる? さっさとハートエリクサーの機密を出せ」


「ユーキッド、勿体ぶっていると余計に帰りが遅くなるぞ」


「ユーキさん。もう魔力の偽装は不要です。先程の言葉はお師匠様に伝達しました」


 こっちだってリタには筒抜けだ。

 一番最悪な展開にため息が漏れてしまった。


「へ、陛下! 帝都周辺一帯に魔物が!」


「な、なんだと!? なぜ、魔族が!!」


 動揺する皇帝の前でレイヴたち三人は僕に向かって深く頭を下げた。


 やめなよ。

 普段は絶対にそんな態度を取らないくせに。

 こういう時だけ、畏まるんだから。


「暗殺者一人に何ができるかって? 魔物の群勢を動かすことができるんだよ」


 やめろ、レイヴ!

 恥ずかしい!


 グラントゥ帝国の帝都一帯には僕とリタの共同魔法である影の軍勢が大集結している。もちろん、統括しているのはリタだ。

 その数はワレンチュール王国を包囲した時の倍以上を用意した。


「というわけなんで、ハートエリクサーは諦めてください。魔王軍と喧嘩したくないですよね?」


「だ、黙れっ! わしはグラントゥ帝国の皇帝だぞ。こんな、こけおどしにひれ伏すと思うな!」


「残念です。じゃあ、お城の屋根をぶっ壊して、無防備になった頭上から色々と落としますね」


 僕はいつかのリタが言っていた脅し文句を言い、指を鳴らす。


 すると本当に帝宮の屋根が引っぺがされ、頭上を飛び回る影の魔物たちが瓦礫や大木を落とし始めた。


「や、やめろ! なぜこんなことに!! なぜだぁぁぁあぁぁぁぁ!?」


 冷や汗を流しながら叫ぶ皇帝。そこに威厳なんてものはなかった。


 これは警告だ。

 魔物を狩ろうが、人を殺めようが、各国の取り決めで行われることに関して僕たち魔王は口を出さない。

 だけど、人種族と魔族の均衡を乱す行為だけは絶対に許さない。


 実は僕、魔王なんですよ。と言えればどんなに楽か。


 こんな面倒な根回しが必要になるのなら、ワレンチュール王国に配属されている魔王の正体を隠すことにメリットはない。


 だけど、そうした方が格好いいよー、とリタが言うものだから、言う通りにしている。

 ファーリー陛下としてもそちらの方が好都合だと言うし。


「あと、さっきの魔獣に関する言葉を訂正してくれませんか? 僕はこれからも勇者パーティーの一員で居たいんだ。不必要な人殺しをさせないで欲しい。お願いしますよ、皇帝陛下」


 ガタガタと震える皇帝を見上げ、僕は気怠げに願い出た。

 

 それからしばしの膠着状態が続き、やっとのことで首を縦に振ってくれた。


 これまでに頭上から落とされたのは、瓦礫だけでなく、屋台や馬車、時計塔なんかもあった。

 ここまでしないと謝れないなんて大の大人が情けない。

 

「なぜ、小僧一人にこんなことが! 貴様は何者だっ! 誰がっ! なぜこんなことができる!?」


 そこまで懇願されては仕方ない。

 僕の正体は言えないけれど、種明かしだけはしておこう。


 これが今日の僕のお仕事。

 ね、地味だろ?


「言ってなかったけど、の元カノ魔王なんだよね」

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言ってなかったけど、俺の元カノ魔王なんだよね 桜枕 @sakuramakura

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