11.行かなくちゃ
父とも話し合って私は短大、時雨は大学を目指すことになった。奨学金のお世話になりつつ、ということになる。仕送り代を節約するために、なるべくこの家から通える学校を選ぶことになるだろう。
わらしくんは、何も怖くない、と言ったけれど、わらしくんが見えなくなることはやっぱり怖かった。徐々に見える回数が減っていって、いつの間にか姿を消すそうだ。甘えんぼうをやめた私も、そのうち五月のように見えない時が訪れるのだろう。
「小夜ちゃんお待たせ! ノート出しに職員室行ったら着方がだらしないって怒られちゃった」
そう言って時雨は自分の制服のシャツを引っ張った。
そのシャツは第二ボタンまで開けてあるし、ネクタイは変なネックレスみたいに首にかかっている。
放課後の昇降口は帰宅する人やこれから部活をする人たちで混雑していて、にぎやかでいいなと思った。明るいのを嫌がった一時期の私はどこかへ消えてしまったようだ。それとも消えたのではなく、私の奥深くにいるのかもしれない。私が自分を甘えんぼうだなんて思ってもいなかったみたいに、暗いところに閉じこもろうとする自分もどこかに隠れているのかもしれない。
「コンビニ行こ!」
時雨が言って、こぼれるような笑みを見せた。
わらしくんの好きな牛乳プリンを買って、自分たちのぶんのコンビニスイーツも買ってコンビニを出る。
強く生きて、とわらしくんに言われた日から、私はここにいたい、変わりたくないという甘えんぼうの自分をなだめながら、来たる日のお別れに備えて日々をより一層大事に過ごすことにしている。五人が揃っている、ただそれだけの当たり前の景色がいつか当たり前じゃなくなってしまうときが来て、それでも生きていけるように強くならなくちゃいけない。自分の足だけで立ち上がって歩いていかなきゃならない。
梅雨の季節がやってきて、雨の多いじめじめとした日が多い。けれど今日は薄曇りで、わらしくんにとっての良い天気の日だった。
校庭からこぼれるように木々が歩道にアーチのようにかかっている通学路。広くて人の少ないコンビニ。そして私たちの古い家。迎えてくれるわらしくんとキナコ。牛乳プリンに喜ぶわらしくん。
なにもかもが貴重で、両手で大事にすくわないと壊れてしまうような繊細さで日々は存在していた。何もかもが大切だった。吹雪の癇癪も、五月の憎まれ口も、時雨のやわい態度も、わらしくんの見守るような顔も。
私たちはずっとずっと五人でいた。でもそれは永遠じゃない。永遠を望む私はまだ私の中で泣いている。でもみんな進んでいくから。わらしくんがどこまでも優しい声で、人間は変化する生き物だと言ったから。一秒ごとに変わっていくものだと言ったから。だから私も変わろう。
そしてときどき、いつも五人でいた時代を思い返しては泣いている自分を慰めるのだ。そうやって生きていくのだ。私は人生の形をそうやって消化して受け入れた。受け入れることは諦めることによく似ていた。
「ただいまー!」
玄関を開けると、「おかえりなさい」と柔らかい声が迎える。
「牛乳プリン買ってきたよ!」
時雨がかばんを掲げてみせると、わらしくんはうれしそうに笑った。
「それはありがとうございます」
「みんなで食べよ!」
「五月たちもあとで来るってさ」
「じゃあ、揃うまで待ちましょうか」
「そうだね」
私たちはわいわい言いながら古い廊下を進む。キナコが短く鳴いて挨拶してくれる。
生きていける。ふいにそう思い、同時に泣きたくなった。私はこの足だけで立って進んでいける。時雨とわらしくん、ふたりの背中を見て急にそう思った。
五人でいるとき、それは五人というひとつの塊なのだと思っていた。けれど違う。五人はひとりが五人集まったことを言うのだ。そんな当たり前のこともわからなかった。
甘えんぼうの私たちが、それぞれの道を行く。それはさみしいことだ。でも人は歩かなきゃならないから。私たちにもそれができるから。
こんなに長い間私たちを見守ってくれた人がいる。だからもう行かなくちゃ。私たちは強く生きていかなきゃならないから。
永遠を手放す 朔こまこ @komako-saku
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