第11話 師匠、今日は何を教えてくれるの?
「申し訳ございませんでした」
フィースは赤毛の髪を垂らしながら深々と頭を下げた。
ゴブリンの大群からの脱出。肉食と化したワイルドベアの討伐。
目まぐるしい事件があった翌日。街の城門近くでフィースが謝罪とお礼をするべく、俺の元へ訪れていた。
数日前まで人をバカだと罵っていたのに、打って変わって塩らしい。不思議な気分だ。
別にそこまで憤りの感情はないが、この謝罪は彼女なりの筋という物なのだろう。商人の娘らしい心持ちだとも言えるな。
「フィース。顔を上げてくれ。冒険者なら誰しもが危機が訪れる。
だから、今回の件だって普通の出来事だ」
「そう言って頂けると助かります。ですけれど、私自身の心が許せていませんの。
セリク様を含め、冒険者の方々を下にみていたのは事実。
横暴な態度を取っておきながら、命を助けて頂いた。それなのに謝罪一つで許されるのは虫が良すぎますわ。
これは私なりの我儘であるのは承知しております。
そのうえで厳しく罰して頂きたいのです」
ふむ、困ったぞ。俺的には反省してもらえれば、それでいいのだが。
お嬢様の……いや、一族としての矜持というのがあるのだろう。
だとしたら、俺が伝えられるのは、たった1つだけだ。
「分かった。だったら、望みがあるんだけど」
「なんなりと。アルティア家の名に恥じない支援を惜しみませんわ」
「そこまで規模のデカい願いじゃないよ。
俺の望みはね。今後、誰かが困っていたら助けてやる。それだけ」
「え?」
案の定、フィースは目を丸くしてキョトンとした表情を作る。そうだよなぁ。
だけど、俺からしてみれば重要な頼み事なんだよ。
「昔の話なんだがな。俺も新人冒険者の時、調子づいていた時期があったんだよ。
先輩冒険者に楯突いて、一人で何でも出来ると過信して、最終的には命を落とす直前まで追い詰められてさ。
その時に、先輩冒険者に助けてもらったんだ。恥ずかしい話だろ?」
「それって……」
「フィースの状況と似ているな。いや~、俺も恥ずかしかったよ。自分自身が許せなかったね。
そして、助けて貰った先輩に聞いたのさ。どうやったら恩を返せるかってな。
そしたら”今後、誰かが困っていたら助けてやれ”ってさ。そう言われたんだよ。
俺がフィースを助けたのは、先輩の教えを守っただけだ」
俺は彼女の赤い髪に手を伸ばし、乱雑に頭を撫でてやった。
それこそ、昔、先輩が俺にしてみてくれたみたいに。
「今度はフィースやリリイナの番だ。
冒険者が冒険者を助ける。俺の恩人である先輩の教えを継いでくれ」
「ふふ……それは責任重大ですわね」
フィースは乱れた髪を整えて、右拳を自身の胸に当てて誓いを立てた。
「冒険者フィース・アルティア。セリク・レストライダー様の願い、しかと承りました。
生涯をかけて護り通します」
「あはは、そこまで仰々しく捉えなくていいのに。
でもまあ、これからの活躍を期待しているよ、フィース」
俺は握手の為に手を差し出すと、フィースは手を握り応えてくれた。
これで良かったんですよね、先輩。
お互いに話が済んだタイミングで、遠くから声が聞こえてくる。
「師匠~~~!!」
どうやら我が弟子が来たようだ。
ある意味で、先輩との約束を思い出させてくれた娘でもある。
「フィース。今度はリリイナに謝るんだろう?」
「そうですわね。リリイナさんには冒険者を辞めさせる為に悪い噂を流布しました。
殺人ヒールだのと罵り、ギルドを追放した。決して許されざる行為ではありません」
「そうだな。まあ、ヒールは死ぬほど痛いのは事実だけど」
ケタケタと笑う俺に対して、フィースも小さく笑顔で返した後、リリイナの元へと駆け寄っていく。
「御機嫌よう、リリイナさん」
「あれ? フィースさんじゃない。一体、どうしたの?」
「貴方に謝罪とお礼をと思いまして……」
そうして、フィースは頭を下げる。
方やリリイナはというと、どうすればいいのか分からず、眉をつり上げて困惑した表情をみせていた。
そんなリリイナの気持ちをフィースは意図的にスルーし、俺にしたのと同じように自身の過ちを告げていく。
リリイナのヒールに関して悪い噂を流してパーティ追放までに追いやったこと。
その後、俺と居る所で悪態をついたこと。
そして、酷い仕打ちをしたのにも関わらず、助けてくれたことについて。
フィースが全ての謝罪とお礼を伝え終えると、リリイナは両手をブンブンと振りながら気にしていないといった素振りをする。
「フィースさん。私はもう、気にしてないよ。
確かに私を追い詰めたのは事実だけどさ。
それは、フィースさんが言っていた冒険者の質の為でしょう?
私はヒーラーとしてはポンコツだったから。回復が出来ない回復職なんて冒険者として失格そのものだもん」
「それでも、私は許されない行為をしましたわ。
都合がいいかもしれませんが、お詫びとしてリリイナさんの望む物がるのなら、達成するための支援を致します」
「う~ん。どうしよう。私もあまり気にしていないんだけど」
「リリイナさんもセリク様と同じ反応をなさるのですね」
「あはは、師匠も願い事が無かったんだ。
だったら、私もいいかな~って思うけど、それだとフィースさんが納得しないよね」
「ええ。そうですわ」
「じゃあ、フィースさん。目を閉じて」
「??」
フィースは言われるがまま、瞼を閉じる。すると、リリイナが腕を伸ばし、手の中指を親指で引っ掛けた形を作りあげた。
そして、フック代わりにしていた親指を離し、中指を思い切り弾く。その中指はフィースのおでこに目掛けてヒットした。
デコピンというやつである。
「ヒンッ!!」
突然の額の痛みに、フィースは情けない声を上げて目を開けた。
「リリイナさん。いったい何をなさいますの!?」
「私を追い詰めた仕返し。それで全部許してあげる」
「へ?」
「だから、これが私のフィースさんへ願うこと。
このデコピンで許してあげるから、フィースさんも謝るのはなし。
これからは、お互いに冒険者として支え合おう」
リリイナは白い歯を見せながら笑うと、フィースは額を擦りながら「セリク様共々、敵いませんわね」っと、一言呟いて頬を緩ますのであった。
その後、フィースと別れ、俺達はいつもと変わらず剣と杖を携えて城門へと向かう。
数歩先には一人の弟子。小さな体躯には、まだまだ教え込まなければならない技術が沢山ある。
しばらく歩いていくうちに、街の入口である城門が目に入る。
「さてと……。今日は何を指導しようか」
前衛として叩き込むべき技は多岐に渡る。
いずれ、俺の背中を任せられるくらいに成長して、惚れさせるんだろ、リリイナ?
そんな考えなど露知らず、リリイナは琥珀色の髪をなびかせながら、くるりと半回転する。
そして、無邪気な笑顔を向けながら、問いかけてくるのであった。
「師匠、今日は何を教えてくれるの?」
回復役としてポンコツなヒーラーを最強の前衛に育て上げます〜お前には前線に立ってもらう〜 ジェネビーバー @yaeyama
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