第10話 目覚めの瞬間は罵倒から

「ざ~~~~~~~っこぉ!!」


 うるせぇ、誰が雑魚だよ。


 朧気な意識。重たい体。耳に届くのは煽る声。

 せっかく気持ちよく寝てたのに、随分な夢じゃないか。


「ざ~~~~~~~~~~っこぉ!!」


 今度はハッキリと聞こえてきた。

 夢じゃ……ない?


 瞼を開けて、視界を徐々にクリアにしていく。

 そうだ、確か……俺は吹っ飛ばされて、意識を失って。


 生きている?

 だとしたら現状は!?


 俺は瞬時に顔を上げて、現状を把握しようと試みる。


 広場にゴブリンの姿は1つもなく、地面に染み付いた血のみが残っていた。

どうやら、奴らは全員捕食されたらしい。

残る影は2つのみ。ワイルドベアと……


「リリイナ!?」


 悪い夢でもまだ見ているのだろうか。だが、体中に来る痛みから現実であると認識する。


 彼女は声を張り上げながらワイルドベアに罵倒を浴びせていた。使用している語録は”雑魚”のみだけど。

予想するに、ヘイトを自分自身に向けているのだろう。

案の定、ワイルドベアはリリイナの方へと向き、突進を開始。

すると、彼女も反応して、間合いに入ってきた瞬間に、脇へ飛び込んで攻撃を回避する。

そして、ワイルドベアの背後へと周り、再び声を出して煽る。それを繰り返していた。


 一歩間違えれば敵の鉤爪の餌食。一撃が死に繋がる状況だ。


 ……何をやっているんだよ、アイツは。

逃げろと言ったはずなのに、なんで戻ってきているんだ。


 状況の整理が出来ていないが、どうせ俺を助けるためだろう。

俺がワイルドベアに吹っ飛ばされた後、木にぶつかって響くくらいの音をだしたもんな。

それで気絶したのをリリイナが目撃して、助けにきたとかなのだろう。


 随分と無茶をする。幸いなのは、敵からの攻撃を回避し続けられている現状だろう。

初見でワイルドベアの速さは対応が遅れるが、一度でも攻撃の速ささえ認識すれば、リリイナでも避けられる。

彼女自身も回避可能だと考えたからこそ、救助を実施したのだろう。


「だったら、呆けている場合じゃないな」


 リリイナの目論見はおそらく、俺が目を覚ますまで敵への注意を引くこと。

 大丈夫だ、今目覚めたぞ。


 俺は彼女を助けようと、剣の柄を握りしめて立ち上がろうとしたが、問題が発生した。

力が入らないのだ。怪我による痛みでなく、まるで痺れている状態と酷似した脱力感。


「なにが……」


 あったんだ、っと言いかけて、自身の体の異常に気づく。

俺の全身を緑色の光が包み込んでいたのだ。


 これは見たことがあるぞ。ヒーラーが回復術をかけた際に出る魔力の残穢。

不思議と極端な痺れはない。あの時、リリイナに初めて施してもらったヒールと比べれば快適なくらいだ。


「リジェネか」


 なるほど。確かにリジェネなら持続型回復で回復力も微弱。

痺れて動けはしないが、気絶するほどではない。

なにより、俺は先程まで身体強化の魔術をかけていたので、内部的な故障も合わさり回復上限に達するまで少しかかるはず。

だからといって、のんびりと休んでいるわけにはいかないけどな。


「これ、あと何秒ほど続くんだ?」


 リジェネが終わらない限り痺れは続く。

仮に効果が終了しても、すぐさま動ける保証はないわけだし。


 リリイナの体力だって、いつまで保つか不明だ。

彼女は現在、ワイルドベアを煽り、攻撃を避けるので精一杯なはず。隙さえあれば敵にヒールをあたえて動きを止めるのも可能だが、それが出来るのなら既に実行に移しているだろう。


 くそ!! 体は癒えているんだ。早く効果よ消えてくれ。

 リリイナを助けに行けないだろうが。


 しかし、どれだけ祈ろうとも、緑色の発光は消失する気配は訪れない。

リリイナの表情にも余裕が失われ、声量も小さくなってきている。体力の限界も近いはず。


 せめて身体強化をもう一度できれば……。


 ……。


「もう一度?」


 ふと、脳裏に疑問が浮かぶ。

そもそも何故、身体強化が不可だと考えていたんだ?


 理由は?

肉体の耐久が限界を迎えるからだ。既にゴブリン討伐により、ある程度は身体強化の魔術を実施している。

今はまだ筋肉痛程度だが、これ以上、体に負荷をかければ骨や筋肉がボロボロになる。


 だが、逆に考えろ。

その身体的な問題が克服出来たのなら?


 俺の体が動かないのは身体強化の魔術が原因ではなく、リジェネによる影響。これは回復容量を超えて痺れがきているからだ。


 なら、常に怪我をし続けたらどうなる?

リジェネの回復効果を上回る損傷。身体強化を全体に施し、骨も筋肉も破壊を続けたら?


身体強化フィジカルブースト!!」


 俺は躊躇なく叫ぶ。答えなんて一つだけだ。


 今まで試した実績がない最大出力の身体強化。

全身に包まれていた痺れが一瞬にして消し飛び、体の内部が悲鳴を上げる。

だが、体は動く。立ち上がれる。体内で破壊と蘇生が流転していく。


「行くぞ」


 剣を構え、脚に力を入れ、地面を蹴り上げる。

たった、それだけ。その単調な動きで、俺の体は数メートル先に居たワイルドベアの間合いへ一気に飛んだ。

そのまま、剣を振りかぶり、相手の右目を斬りつける。勢いをつけすぎたせいか、そのまま俺の体は敵を通り過ぎて、数メートル先の地面へと着地した。


 俺はすぐさま振り返り、敵の方面へと振り返る。

当のワイルドベアは何が起こったのか把握出来ず、右目の痛みから、肌が揺れるほどの咆哮をあげていた。


 読み通り。いや、予想以上だ。

 これなら戦える。アイツを倒せる。


 通常のリジェネなら回復量が低すぎて、身体強化の併用なんて不可能だ。

だが、リリイナの高すぎる回復術なら、強化術による肉体の破損を瞬時に補える。


 骨まで砕く力強い斬撃も。

 速すぎる脚の動きによる肉体神経の破壊も。

 あまりの速い動きに対して追いつかない動態視力も。


 全てが圧倒的な回復量によって解決できるのだ。


「ありがとうな、リリイナ」


 俺はポツリと彼女にお礼を告げて、攻撃を再開する。

撃退方法は単純。ひたすら、敵に向かい飛んで、斬りつけて、勢いのまま通り抜けて間合いを取る。これの繰り返しだ。


 ここまでの身体強化術を実施した経験がないので、これが精一杯なのだ。

調整があまりにも難しい。脚を一歩動かすだけで、大砲じみた突撃になってしまう。


 本来なら、強化術によって底上げされた力でワイルドベアの心臓や首に斬撃を与えたいが、慣れる間にリジェネの効果が終わったら積みだ。


 現状、ワイルドベア事態にもダメージは通っているが、傷は浅いので絶命には程遠い。

寧ろ、命の危険が迫っていると本能的に察したのか、俺に向けて突進をしてくる有様だ。

力の差を見せた所で、相手は引かないつもりらしい。


 せめて、相手の動きが止まってくれたなら。

 そんな都合のいい状態になんてなるはずは……。


 いや、待て。たった一つだけ、敵の動きを封じる手段があるじゃないか。


 俺はリリイナの位置を確認する。彼女は敵の攻撃範囲から離れ、状況を賢明に把握しようとしていた。

その瞳には戦意は消えていない。杖を握りしめた手には力が宿っている。どうやら考えは同じらしい。


 それでいい。俺は息を深く吸い込んで、大声を張り上げた。



「リリイナ!! 一緒に戦うぞ!!」



 指示とも言えない、ただの叫び。だが、その言葉にリリイナは無言で深く頷いた。


 これが最後だ。

 俺は剣を構えると、ワイルドベアは再び俺に向けて突進してくる。


 そして、俺は脚に力を入れて、前ではなく、上に向けて跳躍をしてみせた。

身体強化のおかげか、5メートル近くは飛べただろうか。ワイルドベアは俺を視認するために、顔を上げて二足で立ち上がる。


「グオオオオオオオォォ!!」


 敵は草木が倒れる程の咆哮を上げて、鉤爪を立てる。

 俺が落下する瞬間に、その爪で引き裂くつもりらしい。


 残念だが、大人しく体をズタズタにされるつもりはないぞ。

俺は剣を振りかぶり、攻撃態勢に入る。

そして、獣の叫びに負けない声を響かせた。



「いけぇ!! リリイナ!!」



 俺の指示と同時に、彼女はワイルドベアの死角から間合いに入り、手にした杖で脇腹を突いて術を叫ぶ。



「ヒールッ!!」



 術名が唱えられた瞬間、杖の先端に取り付けられた魔石が緑色の光を放ち、ワイルドベアへと遷移していく。

その光は全身を包み込んで、俺が斬り刻んだ傷を塞いでいく。だが、本当の痛みはここからだ。


「グルゥゥォォォォ!!」


 ワイルドベアは唸り声を上げつつ、体を震えさせる。予想通り、この巨体にもリリイナの強大な回復術は効果があったらしい。

二足での立ち上がりを維持できず、地面へ仰向けに倒れ込む。

まるで頭を差し出すみたいに。


 後は簡単だ。強化しすぎた脚の制御が出来ないなら、重力に従うだけ。俺は敵の頭部に向けて落ちていく。


「終わりだ」


 俺はワイルドベアの首筋目掛けて、剣を振り下ろす。

太刀筋は綺麗に太い首へ入り、頭部と胴体が分離した。

いくら高い回復力があろうとも、途切れた命の蘇生は不可能。


 頭部は放物線を描きながら数メートル先の地面へ着地。胴体はヒールのおかげなのか、血が湧き出る首筋の傷口を瞬時に塞いだ。

簡潔に言うならば、首の付け根に肌が生成されて蓋をしたと表現するべきか。

改めて、恐ろしい回復力だな。


「何にしても……これで決着だ」


 敵の討伐を確認した直後、俺の周りに包まれていた光も消失し、体から一気に力が抜ける。

あ、ヤバいな。立ってらんねぇ。


 そのまま俺は地面へ仰向けにぶっ倒れた。不思議と痛くない。というか、痛覚が麻痺しているな、これ。


「師匠!!」


 突然、倒れたのだから無理もないか。リリイナが俺に近づいて顔を覗き込む。


「師匠、しっかりして!! 死んじゃ嫌だよ」


「あ~大丈夫だから。リリイナのリジェネのおかげで体の傷は無いみたいだし」


「ほ……ほんと?」


「リジェネと身体強化の同時発動なんて初めてだから、やっぱ死ぬかも」


「うああああ!! ヒールッ!!」


「待った!! 冗談だから。今の状態でヒールなんてされたら間違いなく命が旅立つ!!」


 俺は必死な声を上げて、リリイナの手をパンパンっと軽く叩く。

すると、彼女は俺の手を握りしめながら、涙をポツリポツリと落とし始めた。


「師匠。居なくならないで。

 私、まだ一人前じゃない。教わってないことが沢山ある」


「当たり前だ。今度は回避しながら、相手の体にヒールでも当てる技術とか教えないとだしな。

 それと、チームプレーや前衛としての心得なんかも……。

 まだまだ、指導する内容は沢山ある。

 ましてや、リリイナは命の恩人だ。恩を返してないのに、死ねるかってんだ」


 俺は力なく笑ってみせるが、体が凄く痛てぇ。

予想以上に反動は大きかったみたいだ。

せめて、救助が来るまでは意識を保たないと。

別のモンスターが血の匂いに誘われて出現するかもしれない。


 しかし、そんな不安も杞憂に終わる。

遠くから足音と共に「助けに来たぞ」という声が聞こえてきた。


「リリイナ。どうやら、救援がきたらしい。

 俺は少しだけ休むが、後は任せていいか?」


「うん。分かった。師匠はゆっくり休んで」


 すると、彼女は手の甲で涙を拭い「でも、最後にお願いがあるの」っと伝えてきた。

体の動かない俺が出来る範囲なんて限らているぞ?


 そんな疑問を巡らせていると、リリイナは俺の顔を覗き込みながら問いかけてきた。



「私を弟子にしてください」



 なんだ、そんなことか。そういえば、前にも師匠になって欲しいと言われたっけな。

あの時は即答で断ったけど、今は違う。


 俺は意識が途切れる間際で声を振り絞り、彼女に返事を伝えるのであった。


「もうとっくに、リリイナは一番弟子だよ」

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