12月25日 13:15 和光市内・高踏宿舎

 12月25日。


 補講・追試組を除いた高踏高校サッカー部の面々は、名古屋駅から関東へと出発した。


 東京駅で降りた後、バスで今大会宿舎のホテルへと向かう。



 今年も愛知県サッカー協会が埼玉県のグループに入った時に例年利用しているホテルだ。


 ホテルの所在地は和光市市内。近くには荒川の練習場があり、浦和駒場スタジアム、さいたまスタジアムともに高速道路を使えばすぐの距離にある。


「あれ? あそこにいるのは……」


 ホテルの入り口についたところで、前の座席に座っていた石狩が目を見張った。


 やはり注目されているようで、テレビ局のスタッフも待機している。大会マネージャーの菱山佑里香の姿もあった。


 昨年はホテルに来た際には誰もいなかった。


 瑞江以外は自由に行き来できたが、今回はそうもいかないようだ。


「疲れる話だなぁ」

「とりあえず先頭はキャプテンの鈴原さんで行きましょう」



 バスがホテルの駐車場に止まり、入口のドアが開いた。鈴原が降りたところに菱山が駆け寄ってきて話をするし、それに応じてカメラが光る。


 もっとも、菱山含めてすぐに全員が拍子抜けした顔になる。


 狙っていた面々、代表組の顔が全くないからだ。


「……君達、新聞見ていないの? 彼らは今日まで追試なんだから、今日ここに来られるはずがないじゃないか」


 真田が呆れたような顔をして「帰った、帰った」と手で振り払うような仕草をする。



 入口の取材陣を追い払ってホテルの中に入ると、今度は高幡舞が驚いた。


「あれ、兄貴!?」


 フロントの近くに、武州総合の高幡昇が待機していたのである。


「わざわざ迎えに来てくれたの? 代表組はまだ来られないって言っていたけど?」

「知っているよ。ただ、責任者はいるだろ?」

「責任者?」


 形式的な責任者は真田順二郎であるが、高幡が言う責任者がそういう意味でないことは分かる。


 陽人も後田もいない以上、チームの編成を決める責任者となると、結菜と我妻、末松の3人になる。


「何でしょうか?」


 結菜と末松が前に出た。


「今年も2チーム、いや、3チーム併用になるのだろうけれど、武州総合戦ではベストチームを出してくるよう言っておくよ」

「出ているメンバーがベストメンバーだと兄も言っていると思うのですが?」


 コンディションその他も考えたうえで一番良いと思ったメンバーを出している。


 確かにワールドカップでは最初の2戦は抑え気味だったようだが、その後は、出ているメンバーは別として一番良いと思ったメンバーを出していたはずだ。


「……もちろん、天宮陽人の理屈は分かっている。ただ、楽に勝とうとすると手痛い目を見ることになる」

「楽して勝てるとは思っていませんけれど」


 結菜の言葉に舞が応じる。


「そもそもそんなカッコいいこと言っておいて、二回戦で足下すくわれて負けましたとか言わないでよ。一生バカにされることになるわよ」

「それはお互い様だ」


 高幡はニッと笑う。


「まあ、準々決勝では世にも珍しい忍者対忍者の戦いを世間に見せたい、ということで、そこはよろしくお願いしたい」

「……!?」


 場の雰囲気が緊張したものになった。


 対照的に高幡は柔らかい笑みを浮かべて、「それじゃ、試合で」と言ってそのまま出口へと向かっていった。



 高幡舞がムッとなった顔で、兄が出て行った方を見る。


「忍者同士の試合ということは、武州総合もニンジャシステムが出来るようになったということなのかしら?」


 ありえないという顔をしている。


 確かに容易には想像しづらい。コンセプトを理解している高踏の面々でもきちんと実践できるまでには3か月から半年くらいの時間がかかっている。


 ワールドカップで披露してから1か月ちょっと。いくら武州総合のメンバーが優秀とはいっても、この短期間で使いこなせるようになるとは思えない。


「うーん、ただ、楠原さんというほぼ理解していた存在はいたわけだし、短期間でも制限的になら出来るのかもね」

「制限的?」

「例えば、回転する人数を減らすとか、3パターンくらいでの回転とか」


 後ろを5バックにするなどすれば、前でローテーションに参加する人数は5人になる。当然、6人でやるよりはやりやすいはずだ。また、2つや3つのフォーメーションを重点的にやり、その2つや3つを回して行うことも考えられる。


「ローテーションのコンセプトと意図を理解して、ある程度できるようになれば、どれだけのパターンをこなせるかは関係ないからね」


 ニンジャシステムは相手を強く幻惑させる。幻惑という点ではバリエーションは多い方が良い。


 ただ、陽人がこのシステムを取り入れたのは幻惑だけが目的ではない。様々なポジションを連続してこなすことで試合中のあらゆる状況に対応でき、最終的にはポジションを無視したサッカーをしたいというものだ。


 その本質さえ理解できれば、そこの気づきさえあるならば、あえて多くのバリエーションを用意する必要はない。


「うーむ、ムカつく」


 高幡舞が既にいなくなった兄に毒づく。


 対照的に結菜は楽しそうに笑う。


「でも、どういう形でやってくるのかは分からないけど、相手が対策しているのはいいことよ。そうであれば、こちらもより前に行くモチベーションを持てるわけだし」


 戸惑う相手ばかりでは面白くない。


 対応できる相手がいてこそ、その次を真剣に考えられる。



おまけ:大会マネ菱山佑里香の野望?

https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093086200608298

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