菱山佑里香は大きな夢を持っていた。
「来年中にインヌタグラムのフォロワーを30万人にするのだ」
という、夢を。
ちなみに現在は2万4000人である。アイドルグループに所属しているが、グループのメインを張れているわけでもない中では善戦している部類だが、彼女は全く満足していない。
「まず、この高校サッカーの大会マネージャーを通じて、フォロワーを4万、せめて3万人までは増やす」
この大会を皮切りに、次にステップアップして、来年後半に大きな仕事を掴むのだ。
幸いなことに、先月からのU17ワールドカップで日本代表が優勝し、その選手達が10人以上参戦する。世間の関心も集中しており、それを追い風に羽ばたくチャンスだ。
更に有難いことに彼女には反面教師までいた。
昨年の大会マネージャーだった佐久間サラだ。
非公式とはいえリフティングを100回以上やったことも含めて、随所に詳しすぎるところを見せてしまい、関係者から引かれてしまったし、茶の間にも「あの子は可愛いけれど、理屈っぽくて愛嬌がないねぇ」という雰囲気を与えてしまったようだ。
それもあって、今年は低迷し、最近では『探せ、次のオリンピックに出られそうな高校生アスリート』というマイナー路線の仕事しかやっていない。
「私はああはならない」
と、3回くらいはできそうなリフティングを「難しいです~!」と可愛らしく? 1回で失敗しつづけ、猫をかぶって全チームのインタビューもしてきた。
「狙いはやはり、ワールドカップ代表に出ていたメンバーだけど」
大会マネージャーという立場上、一部ばかり贔屓するわけにはいかない。
故に全チームのキャプテンのインタビューをして写真をとり、それをインヌタグラムに上げる方針を決めた。名前も知らないチームの、これまた名前も知らない選手であっても都道府県代表であるから関心をもつ者はいる。
世界を目指すアイドルに妥協は許されない。
しかし、その中でもやはりねらい目は。
「高踏高校の選手?兼監督の天宮陽人……。今、もっともホットな存在だものね」
U17ワールドカップで優勝したということはもちろん知っているし、世界的に有名になりつつある存在である。
更に彼を含めた高踏高校のメンバーがことごとくインヌタもクロスもやっていないということも大きい。ミステリアスな存在である天宮との写真をアップできれば、「佑里香ちゃん、天宮陽人と友達なの?」という驚きを与えることができるはずだ。
「それだけで1万、いや2万くらい増えるかも……」
何だったら大会後にランチくらい行ってもいいかもしれない。
選手に近づくのはファンを敵に回す。賢くない。しかし、監督なら許されるだろう。
その約束を、大会中にこぎつけるのだ。
そのためにはファーストインプレッションが大事だ。
彼女は愛知県協会に確認して、高踏高校が今回滞在するホテルの場所を確認した。
もちろん、高踏だけ特別扱いだと「あざとい」と思われるので、他のチームもなるべく宿泊施設到着を捉えてインタビューをする。
到着予定日が12月25日ということも聞き出したので待機だ。
16時、東京方面からのバスがやってきた。高踏高校のメンバーだ。
降り立つと同時に、前に出る。
「大会マネージャーの菱山です。初めまして!」
「……あ、あれ……? 初めましてじゃないけど」
「えっ? あれ……?」
先頭にいたのは鈴原真人であった。
確かに組合せ抽選直後にインタビューをしている。
後ろも見渡すが、天宮や園口、瑞江や颯田といった有名人は1人もいない。
「あれ、天宮監督やキャプテンの園口さんは……?」
「陽人と耀太? 代表組はギリギリまで課題やってから来るみたいだから、来るのは明後日じゃないかな」
「えぇぇぇ!?」
インヌタ30万人の道のりは険しく、遠い。