12月18日 7:35 天宮家
12月18日。
この日も陽人は朝から補講のために出かけている。
結菜はそこまで慌てるスケジュールではないので、1人で朝食を食べながら、注意する者がいないことをいいことにテレビや端末でサッカーニュースなどを確認する。
「……えっ?」
ある記事に目を止めて驚いた。
河野和一郎が峰木敏夫のあとを継いで、来年のワールドカップに臨むU17日本代表監督に選ばれた、という記事を。
結菜は小さく唸った。
「うぅむ、二匹目の泥鰌を狙いに来ているわねぇ」
U17は変革期を迎える。
これまでU17ワールドカップは2年に1度の開催だった。それが来年からは毎年開催に変わる。
そうなると監督やコーチ陣の選定も変わってくる。これまでは、16歳の時点からチームを管理させてU17で好結果を目指すという2年単位の育成が行われていた。来年からはそれが無理になる。
その第一弾となる今回はどうなるか。
当初はU16を指揮している井上猛をそのまま昇格させても良いのではないかという話が有力ではあったらしい。しかし、「その連続性を重く見る必要があるのか」と疑念を呈する向きもあった。他でもない会長の古賀を含めた数人だ。
前回の優勝は峰木が陽人をコーチに迎えて、実質的なチーム管理を任せるという手法をとって、高踏高校の戦術面の強みをそのまま活かしたことが好結果につながった。
「高踏は引き続き戦術面で他に差をつけているから、なるべくその力を借りる路線が良いのではないか」
古賀はそう主張し、その路線が主流になったのである。
とはいえさすがに陽人に引き続き指揮をとってくれというわけにはいかない。
高校3年を迎えるということもあるし、ライセンスの問題がある。B級以上は20歳にならないと取ることができない。FIFAは何らかのライセンス要件を課しているわけではないが、陽人を監督にしてしまったら日本のライセンス制度にとっては自殺行為に近い。
S級ライセンスを特例で認めるというのも中々難しい。
妹の結菜がいることは分かっているが、さすがに二年続けて高校生がコーチをするというのはまずいだろう。
そんな時に、去年、協会が送り込んできた河野という格好のターゲットがいたというわけだ。
年初の時点ではどこの協会も高踏高校と陽人に対して懐疑的ではあったが、一方で瑞江、立神が確かなタレントであったこともまた事実である。
だから管理役として河野を派遣してきた。
しかし、河野が実際に来てみると陽人と結菜の体制が非常によく機能していた。
別の畑で育ったコーチは高踏には不要だろうという結論になり、河野は元プロの経験を生かした相談役としての仕事や、フィジカルトレーニングで付き合ったりする程度となった。
逆に、彼が見ているチームに、高踏のトレーニングを一部あてはめて成果を出すような状態となり、当初意図したものと逆の状態になってしまった。
つまり、河野は高踏のやり方をある程度認識している。
また、河野は元々U20代表監督の伊吹とも関係が良いことがある。
主にこの二つの理由で白羽の矢が立ったということだろう。
河野が来るのは次の土日だろうがひとまず挨拶くらいはしておこうと、携帯でメッセージを送った。
『U17代表監督就任おめでとうございます』
しばらくすると返信が来た。
『ありがとうございます! 早速ですが、来年、アジアカップの予備メンバーとしてGK水田、DF神津、神田、神沢。MF戎、弦本、加藤、浅川。FW司城を入れたいので協力お願いします(笑)』
結菜は苦笑しつつ、再度メッセージを送る。
『せめて5人くらいにしてください』
送り返してから溜息をつく。
今回は冗談だろう。例えば昨年の瑞江や立神、陸平に匹敵できるほどの選手はいないように思える。特に加藤や浅川はチームでも万全に機能しているとはいいがたい。
しかし、来年までに成長していけば確かにこのくらいの人数が抜かれるのかもしれない。
色々やりくりを考えていて、ハッとなる。
「……まだ今年の選手権が始まってもいないのに、また来年のことを心配しなければならないとは!」
1人で叫んで、急いでトーストとコーヒーを喉に流し込む。
準備が整った頃、我妻からメッセージが来た。
『結菜、ニュース見た? 河野さんが次のU17代表監督だって。来年も選手一杯引き抜かれるのかな?』
結菜は返信を送る。
『おめでとうって言ったら、現1年を9人呼んでいいかって言われたわ。せめて5人にしてくれって答えておいたけど』
『5人も選ばれる? 水田と神津くらいじゃない?』
『もちろん9人はジョークだと思うし、3人くらいと思うけど……』
そう返してから結菜は思った。
3人くらいと言うが、3人も選ばれること自体が相当にレアな事態だ。
今年にしても、高踏は例外として、それ以外のチームは2人しか選ばれていなかったのだから。
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