12月16日 13:19 木曽川公園競技場
試合終了のホイッスルが鳴り、結菜はふうと溜息をついた。
どうにか勝利し、安堵していたところ、背後から「サナダサーン」という変わったイントネーションで真田を呼ぶ声が聞こえた。
その真田、振り返って相手角刈りの長身の男性を確認し……「誰だ?」という顔をしている。
「真田さん、私です。名古屋教育大で一緒だったチェです」
「うん? あぁ、チェさん!」
真田も思い出したようで「久しぶりだね」と挨拶している。
「真田先生の知り合い?」
我妻が問いかけてきた。
「そうみたい。名教大で一緒だったみたい」
「でも、何も試合終わった後でなくても良いんじゃない?」
「……だよねぇ」
とはいえ、帰りのバス前で近寄られて、バスが出発できないのも困る。
誰かの邪魔になっているわけでもないし、本人が良いのならそれでいいのかもしれない。
真田とチェの話は続いている。
「確か名古屋の韓国系の学校行っていたんだっけ?」
「いえ、五年前から
チェ・ガンヒは韓国から留学してきて、真田と同じ名古屋教育大学の日本語学科で勉強してきたらしい。
卒業後、チェは名古屋の韓国系高校に行っていたが、数年前に東京の一番大きな学校に転勤となったらしい。
「実は今日、真田さんに会いにきたのも、私が今、サッカー部の部長になっていることからです」
「マジか? お互いサッカーに全然縁がないのに、不思議なもんだね~」
「あ、キムさん。この人が真田先生です」
チェの促しに応じて、一緒に来ていた小柄な男が真田に名刺を差し出す。こちらは険しい目つきをしている。
「東韓高校サッカー部監督のキム・ジヒョンです」
こちらも韓国名だが若干イントネーションに特徴がある以外は完璧な日本語である。
「あ、どうも……高踏の監督は今日、学校の事情で来ていないのですが、引率の真田です」
「知っています。進学校は大変ですね」
チェが自分達のことを話し始めた。
「韓国は昔から、才能のある子を集中的に鍛えていましたが……」
韓国には日本のような学校の部活動という考え方がなく、勉強する者はひたすら勉強、スポーツをする者はひたすらスポーツという傾向があった。いわゆるエリート教育の徹底である。
それで優位に立てていた時代もあるが、近年はかなり劣勢である。
サッカーにおいても、ワールドカップでもアジア大会でも日本に負けることが多くなっている。エリート教育一辺倒では限界があるという声も大きくなってきている。
そんな中で、7月のアジアカップでU17が日本に大勝したことは、久しぶりに明るい話と思えたが。
「先月のワールドカップでは日本が優勝しました。しかも、それが半分以上同じ高校にいることという話でした。そこで、韓国サッカー協会は現在の教育方針と並行して、一部の選手を日本に留学させ、日本の高校サッカーで鍛えようという考えも持つようになりました」
「へぇ」
真田は相槌を打ってはいるが、あまり分かっていないような雰囲気がある。
「そこで全国の韓国系学校にいる選手を東韓に集め、また、韓国から数名のスポーツ選抜された選手を入学させることになりました」
「……どういうこと?」
我妻が小声で尋ねてきた。
「つまり、韓国中の優秀な選手を一か所に集めて、対抗しようということみたい」
「エリートを集めてダメだって意見があるのに、東京にエリートを集めるんだったら、変わりがないんじゃないの?」
「そんなことを私に言われても困るんだけど」
言っている間に、「何があったんだ?」と選手達が寄ってきているが、結菜は「そのまま着替えて待っていてください」と指示を出した。
「そういうことですので、大会で会ってから挨拶に行くのは失礼かと思いまして、今日挨拶に来ました」
「そうなんだ。いや~、チェさんも出世したものだねぇ」
「出世かどうかは分かりませんよ。キムさんはともかく、私はサッカーには詳しくないですし」
「大丈夫だよ。詳しくなくても、部員がちゃんとしていれば試合に勝つから」
真田のいい加減な言葉にキムが苦笑しているが、チェは大笑いしている。
「私もそうであることを望んでいます。真田先生のような生き方が私も好きです」
「……つまり韓国版真田先生ってこと?」
「確かに韓国ってガムシャラ過ぎて余裕なさそうだから、真田先生みたいな人がいた方がよいのかも?」
「でも真田先生が一番上にいたら、韓国が潰れない?」
「……それは日本も同じだと思う」
ただ、いずれにしても、来年以降、東韓高校に韓国のエリートが大勢やってくる見込みのようである。
それでいかにも韓国らしく、日本側代表(と認識されているらしい)高踏高校に居丈高に宣戦布告に来たようだが、チェが真田と同級生なうえ、似たような性格だったことは学校サイドの誤算なのだろう。
ピリピリしているキムに対して、真田とチェは名古屋の居酒屋の話をしている。
さすがにこれから飲みに行くということはなさそうだが。
10分ほど話をして、チェは来た時と同じように両手で真田に握手する。
「それでは、またお会いしましょう」
「そうだね。全国で会えるのを楽しみにしているよ」
そう言って別れた。
「いや~、世間は狭いなあ。まさかチェ君がサッカー部の部長になっているとはねぇ」
我妻がポツリとつぶやいた。
「試合前にあの2人で会見させたら面白そうだけど、選手や監督は嫌だろうなぁ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます