12月16日 12:55 木曽川公園競技場

 木曽川公園で開催されている東海プリンスリーグ昇格戦。


 後半開始直後、篠倉のキープから芦ケ原がこの日2点目となるゴールを決め、4-0。


 試合はほぼ決定づいた。



 この日もスタンドで見ている藤沖、佐藤、潮見らは「強いな~」と改めて溜息をつく。


 前日の1年に、この日の2年Bチーム。


 チーム力や連携が高すぎて、他チームがまるで相手になっていない。


「だけど、後半になってもニンジャシステムはやってこないな」


 そんな中で目につく点といえば、昨日の1年が敢行していたニンジャシステムを、今日の2年Bチームはやっていないことである。


 試合開始からニンジャシステム対策で頭がいっぱいだっただろう、袋掛高校は下がって対応しようとしていたが、そこに長身で懐の深い篠倉がはまってしまった感がある。この日絶好調の篠倉がゴール前でしっかりキープできるのでシュートを打ち放題だ。


「篠倉の高さを活かしたかった……と見ることも可能でしょうけれど、今日のメンバーでやるのは危険なのかもしれませんね」

「危険?」

「間違いをカバーできる存在が少ないってことではないかと思います」


 高踏の主力組だと陸平と稲城。


 昨日のチームだと戎と弦本。


 ニンジャシステムは全員が全ポジションを回ることになるが、周囲のバランスを取れる存在を対角線上に置いている特徴がある。


 2年の控えチームでは久村がその役回りになるのだろうが、彼は陸平に比べると守備範囲が狭い。仮に久村はOKだとしても対角線に入る存在がいない。



「高踏は連戦になるとチームを複数で回しますので、単に勝つだけを考えるならこのチームとの対戦が良いのかもしれませんね」

「そうかもしれんが、県で当たる分には準決勝以上だろうし……」


 全国大会は短期間で開催される。そうなると高踏がローテーションを組んで、結果的に力が落ちるチームが出て来る可能性はある。


 しかし、県内においては土曜か日曜に試合が組まれることが多い。樫谷は早い段階での対戦がありうるが、鳴峰館と深戸学院はシードの関係もあって準決勝以降の対戦が決定的である。


 となると、今回のような「代表日程で補講を余儀なくされる」例外的なケースを除いてベストメンバーが出て来ることになる。


「原野が愛知に来たのも『できればベストの高踏とやりたい』と言っていたからなぁ」



「原野の転入はヒットだと思いますが、他の中学生はどうですか?」


 潮見が話題を来年の新入生に変えてきた。


 この時期になると選手権予選に敗退したチームの第一目標は来年度に向けてのチーム強化であり、当然そこには特待生の招待も含まれる。


 ただし、ここ2年の状況が完全に高踏一極になりつつある。


「ウチは苦労していますよ、そうでなくても深戸学院がいるのに、今や優等生は全員高踏に行きたいという感じですからね」

「僕んところはそこまででもないかな」


 潮見の嘆きに藤沖は首を傾げた。


「そもそも特待生活動をしていませんが、ウチの地元は樫谷って雰囲気がありますし。近くにいる人は来てくれる感じですね。ま、だから安定している反面、とびぬけた子は中々来ないですが」


 両者は佐藤を見た。


「……思ったよりは善戦している、という印象だな。正直、ワールドカップ優勝で新入生は全員高踏に行くのではないかと思ったが、静岡や長野あたりの子は『高踏と試合したい』というのも多い」

「いいなぁ~」

「良いとばかりも言えんよ」


 佐藤が苦笑まじりに言う。


「それでまた負けたとなれば、いよいよこれが近くなる」


 と、自分の首に手をポンポンと当てる。


「そうでなくても、総体予選は7-0だし、2年連続選手権を逃して文句も来ている。強化費は県内で一番なのにどうして勝てないんだ、ってな。まあ、ワールドカップ優勝で多少騒音は小さくなったが」


 日本を優勝させるほどのコーチが、主力選手が、たまたま同県にポンと現れた。


 巡り合わせで特定のチームのある世代が強くなり、どうしても勝てない時期というものは存在する。


 ゆえに、この2年の成果だけで即クビということにはならないだろうが、来年も全く進歩がないまま負けた場合には「佐藤で大丈夫なのか?」という声が強くなることは間違いない。




 4-0のまま時間が経過していくにつれて、袋掛のメンバーに諦めの色が広がっていく。


 前日、終盤に変な試みをしていたように見えたが、この日の高踏はメンバー交代自体しないまま堅実に戦っていく。


「ま、来年は来年として、できれば県内初の選手権優勝を達成してもらいたいものだな」


 佐藤の言葉に潮見が頷く。


「そうですね。愛知は激戦区なんだ、と思ってもらえれば我々も多少はやりやすくなりますし」

「でも実際、佐藤さんの話を聞いていても、打倒高踏で来る子が、少なくとも深戸学院にはいるようですしレベルは上がってきているかもしれませんね。うん?」


 藤沖が近くの会話に視線を向けた。


 長身の男が2人、外国語で話をしている。会話の雰囲気だと韓国語のようだ。


「韓国のスカウトかな?」

「何だろうな」


 話をしているうちに試合が終了した。



 2人が降りていって、スタッフと話をし、中に入っていった。


 真田の方に近づき、何か話をしている。


「何だろう?」

「さぁ……」


 さすがに近づいて話を聞こうという気にはならない。


 中に入って行った時には一瞬、嫌な雰囲気に感じたが、中で真田と話している様子は友好的な様子だし、しばらくすると両手を出して真田と握手をし、へこへこと頭を下げている。


「まあ、いいか……」


 個人的な付き合いのある者なのかもしれない。気にしすぎるのも野暮だろう。


「途中で飯でも食うか」


 そう話しながら駐車場へと向かっていった。

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