12月16日 11:45 高踏市内レストラン
翌16日。
補講ラッシュも日曜日はさすがに休日である。
冬期休暇にはかなりの課題とレポートが課せられるという話であるが、この日はまだそれらも出ていない。
陽人達にとっては僅かに気を休められる日だ。
もっとも、さすがに木曽川まで追いかける気にはならない。
朝から向かった先は学校である。参考書などを持って、部室で勉強しようとしていると入り口で立神に会った。
「あれ、おまえも部室で勉強するの?」
立神だけでなく、稲城や園口の姿もある。
全員、1人家で勉強するよりは、慣れた部室の方が良かったらしい。
もっとも、颯田の姿はない。
全般的に成績の悪い颯田は、行き来の時間も惜しんで家で問題集を解いているようだ。正確には颯田家の親が留めていると言った方が正しいだろう。
陽人達は視聴覚室や食堂に散らばり、それぞれ11時半まで勉強を続ける。
11時半からは木曽川公園ではプリンスリーグ昇格をかけた一戦が行われる。プリンスリーグ昇格をかけた対戦相手は静岡1位の袋掛高校。
ただ、1部上位校ではあるが、県予選決勝を争うような強豪はプレミアリーグやプリンスリーグに所属している。それに準ずる存在、あるいは八強あたりの存在とも言うべきであり、順当に行けば勝てる相手であるはずだ。
さすがにテレビ放映まではしていないが、例えば現地にいる辻とテレビ電話を繋げば試合の様子を確認することは可能である。
「……とはいえ、この試合はみんなに任せたわけだし」
昇格がかかった一戦だから集中したいはずだ。
だから、余計なおせっかいはかけない方がいいだろう。
ハーフタイムあたりに状況を確認すれば良い。
「昼ごはんでも食べに行くか」
日曜日なので学食にも誰もいない。一旦、自転車に乗って近くのファミリーレストランに向かう。
まだ12時にはなっていないためか、レストランの中は半分くらいの入りであった。
奥がやたらと騒がしい。視線を向けると、午前中に試合を終えたリトルリーグの少年たちがサラダやスープのバイキングを取りながら騒いでいる。
「9人で」
大きなソファ席二つに案内され、そこに座ると周囲がひそひそと話をしている。
ひょっとしたら気づかれたのかもしれないが、気にしていても仕方がない。
注文を頼み、順々にドリンクバーの方に足を運ぶ。
陽人は一足早く野菜ジュースを入れて、席に戻っていた。
すると、先程奥の方にいたリトルリーグの少年が2人、近くに立っている。
「あのう……」
席に戻ったところで、1人がおずおずと進み出て来た。
「高踏高校のサッカー部の人ですよね?」
「そうだけど?」
「僕達、ワールドカップ見ていました。も、もしよかったらサインを貰ってもいいでしょうか?」
と言って、まだ未使用らしい野球ボールを出してきた。
「サイン……」
引き受ける、断るというより、単純にサインというものをしたことがない。
考えていると、瑞江が戻ってきた。
「達樹、サインってしたことがある?」
「サイン?」
首を傾げる瑞江だが、隣にいるリトルリーグの少年を見て見当づいたようだ。
勉強中である、サインはしない、と言って追い返すことも可能だが、期待している少年を追い返すのも気が引けるところがある。
「ペンある?」
瑞江はペンを借りて、適当にサインを書いた。
数人分サインをして渡すと一同「ありがとうございます!」と言って戻っていった。
「……最近はサインも転売とかあったりして大変らしいよなぁ」
書き終えた後に瑞江がつぶやく。
「ま、俺の場合は、今までしたことがないから、あれを見ても俺のサインと分かることもないだろうけど」
「でも、今後サインをしたら同じものって分かるかもしれないが?」
「うーん、ただ名前を書いただけだからなぁ。次回書く時には違う形になるだろうし、売り物にはならないだろう。毎回同じものを書くと偽物が出たり、売り物になるのかもしれないけど、毎回変えればそういうのはないし」
本当にその人から貰いたいのなら、形式がどうとかは関係ないはずである。
「そういえばそろそろハーフタイムだから、辻君に聞いてもいいんじゃないか?」
「お、そうか」
残りの面々もドリンクバーを持って戻ってきた。
そこで陽人は辻に電話をかける。
「調子はどう?」
『前半が終わって3-0で勝っています。結菜が余程調子に乗らない限りは大丈夫ですね』
「昨日は最後、車懸り試して失敗したんだっけ?」
『そうです』
紅白戦以外ではやらないと言いつつ、6-0だからと試してみて見事に失敗して失点したという。
『天宮さん達は何をしているんですか?』
「今は近くのレストランで昼ごはん」
『そうですか。勉強大変でしょうけれど頑張ってください』
試合中の辻から励まされてしまった。
プリンスリーグ昇格より勉強の方が大変だと認識されているようだ。
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