12月26日 15:07 和光市内・高踏宿舎
翌26日、朝食の場で真田が報告する。
「今日の午後、天宮兄達が到着するんだけど……」
「するんだけど?」
最後の逆接の接続詞に全員の関心が向かう。
「颯田は右足首を負傷したので合流が二日遅れる」
「えっ、ケガしたんですか?」
全員が驚くが、真田の表情は深刻なものという様子ではない。淡々とした雰囲気で同じ言葉を続ける。
「……右足首を負傷したので合流が二日遅れる」
「……分かりました」
真田の顔つきは選手の負傷を心配しているというものではなく、「雰囲気を察しろ」というものだ。
颯田はほぼ全教科が危ない状況にあった。
恐らくはそういうことなのだろう。ひょっとしたら、負傷箇所が科目の隠語なのかもしれない。
今日の午後以降、代表組合流も見越して取材が来るかもしれない。補講と追試で遅れているということは皆知っているが、赤点の情報は知らないだろう。
颯田のことを聞かれて「赤点なので再試験があるため、まだ来ていません」と答えるのは可哀相だ。だから、「右足首をケガしてちょっと遅れています」と答えることになるのだろう。
「特別な処置をしているはずなので、明日治って明後日に新幹線と電車を乗り継いでやってくるはずだ」
「迷ったりしないですかね?」
確かに東京駅から和光市駅まで電車を乗り継いで来ることができる。
とはいえ、高踏に住んでいると電車の乗り換えすらあまりしない。東京都心の電車網の複雑さは名古屋のそれを超える。もし、違う電車に乗ってしまった場合、埼玉の別方向や横浜に行ってしまったということもありうる。
「試合もないし、真田先生が迎えに行った方が……」
「俺も電車慣れしていないし、そんなことをしたら俺が迷子になる」
「すみません」
聞く相手を間違えたと皆が認識する。
颯田がきちんとした電車に乗ることを願うしかない。
朝食が終わると、荒川河川敷の運動公園内で簡単な調整を行う。
午後はホテルに戻って、会議室を使って初戦の相手・神戸海洋の研究になる。
予選を通じて4-4-2のオーソドックスなスタイル。特定の選手に頼るわけではなく、攻められそうなサイドを利用した攻撃がメインで、それができない時にはFWにあてて様子見という印象だ。ただ、最大の得点源はセットプレーで、180センチ台の選手3人がそれぞれ高い。コーナーキックだけでなくロングスローからも得点をあげている。
「サイドへの展開は正直なパスが多く見えます。ですので、サイドへのスペースを少し空けてパスを出させて、そこを狙うのが一番良さそうです」
末松が対策を説明する。
「守備もセットプレー含めて高さには強いですが、逆に俊敏な攻めには対応しきれないところがあるようです。うまく人数をかけて落ち着いて攻めれば、相手のミスも誘えるでしょう」
「結論から言うと、余程油断しない限りは大丈夫である、と?」
「うーん、そこまでは言えませんが、主力がいない中で全国レベルでどのあたりまでやれるかを判断するには良い相手と言えるかもしれませんね」
神戸海洋についてはそうした印象だ。
「3回戦はどうなんだろうか?」
「3回戦の相手は何とも分からないですねぇ」
佐賀代表の唐津中央、岩手代表の本州大盛岡、徳島代表の鳴門産業、長野代表のアルプス信州の勝者となるが、事前予想やチーム戦力を見ても拮抗していて、どこが勝ちあがりそうという予想がつかない。
「まあ、このあたりは1回戦から僕と高幡さんとでチェックにいきますので」
データヲタクの高幡と、半年間裏方をやっていて戦力分析に慣れてきた末松。
この2人と辻佳彰、卯月亜衣といった面々が偵察要員として29日のさいたまスタジアムと駒場スタジアムに向かうことになる。
ミーティングが終わった時には午後3時を過ぎた。
陽人達は12時過ぎの新幹線に乗ったというので、順調に行けばあと20分ほどで着くはずである。
「迎えに行こうか」
誰ともなく言い、入口へと向かう。
そこで「うげっ」とこれまた誰ともなく呻き声をあげる。
前日同様、かなりの数の人数が集っていた。報道陣も多いし、パネルのようなものを持った女子学生も多い。パネルには個々の選手名が書かれていたり、「ワールドカップ優勝おめでとう」と言ったものもある。
「うわぁ、面倒くさいなぁ」
結菜がげんなりとした様子でつぶやいた。あの人混みの中に入って迎えに行くのも面倒だが、入口付近で待っていたら、取材などが延々と続いて無意味に待たされるかもしれない。
真田はというと、おそらくバスの中にいる陽人に対して電話をして、また注意している。
「いいか、右足首だからな。右足首」
颯田の負傷箇所を強調していた。
※資料集を作りました。まだほとんどありませんが、一日1人のペースで更新していく予定です。
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