10月15日 11:15

 15日の日曜日は完全休養とした。


 準決勝では心身ともに相当な消耗をした。練習をしても有意義ではないだろうと考えたのである。


「トレーニングなどで一番重要なのは休む勇気だ」


 と、大溝が言っていたこともある。



 陽人も家に残ったまま、鳴峰館戦のシミュレートでもしようかと考えたが、朝から甲崎の電話でスケジュールが狂う。


『真田先生から聞いたと思うけど、火曜日に一度共同記者会見を開いてメディアの取材に応えることになった』

「……先生から聞いてはいないですが、まあ、仕方ないですね」


 普通の県立高が決勝まで進んできているのだ。勝って当たり前の強豪校よりも関心を集めるだろうということは陽人も理解している。


 これまでは準決勝の深戸学院には厳しいだろうという認識だったのだろうが、それにも勝ったことで一気に関心が高まったのだろう。


『基本的には真田先生を盾として使い倒せば良いと思うけど、瑞江君や戸狩君なんかは目立っているし、一つ二つは質問に答えてもらいたいということで、あらかじめ送ってもらっている。スキャンしてメールで送るから、見ておいて』

「分かりました」


 瑞江は5試合で21点も取っているし、戸狩は深戸学院相手にハットトリックという目立つ成果を出している。


 立神や櫛木、園口、陸平といった主力選手も関心を集めているだろうし、質問が飛んできたとしてもおかしくはない。


「僕も何かありますかね?」

『三つあるね。キャプテンとしてチームをまとめるうえで何を意識していますか、チームの練習メニューを考えているのは天宮君とのことですがどのような方法で考えていますか、チームの快進撃をどう考えていますか?』

「……分かりました」


 指揮官的な質問は真田の方に飛ぶようだ。


 それなら当たり障りのないことを言っておけば良いだろう。陽人はひとまず安心して、甲崎からのメールを待つことにした。



 午前中のうちにメールが届いたので、それぞれの質問を個々人に送った。


 それが終わってから、鳴峰館戦を再度見直すことにした。


 応接室に行くと、両親は今日も日曜出勤で出かけているらしく、朝食と書置きが残されていた。


 大変だと思うと同時に、応接室の大きなテレビを気兼ねなく使えるという思いも抱く。


「おはよ、兄さん」


 映像の準備をしていたところに結菜も降りてきた。


「おはよう。ちょうど今から、鳴峰館の昨日の試合を確認するところだ」

「お、決勝に向けてのシミュレートね」


 結菜もがぜん興味を示し、隣に座った。




 試合映像を振り返ってみるが、概ね前日抱いた印象と変わりはない。


「やっぱり深戸学院と比べると、ちょっと落ちるかな~っていうのが実感ね」

「……間違いない。どちらかというと、相手よりもこちらの気の持ち方が重要になってきそうだ」


 鉢花や深戸学院と試合をする際には、基本的には「負けて元々」という認識があった。


 しかし、その深戸学院に勝利して、決勝の相手は若干劣る鳴峰館である。「この相手なら勝てるだろう」という甘い気持ちになっても不思議ではない。


 その油断が一番怖い。



「ゴールキーパーについてはどう?」

「あぁ、醍醐さんね」


 身長170センチはなさそうなゴールキーパーで、ハイボールの処理がかなり危うい。


 自分達にとっては狙い目では、ある。しかし……


「純や俊矢を入れれば、効果的かもしれないけれど、今まで相手に応じて変えたことがないし、いつも通りでやるのなら前線に高いボールを送るということも難しい」

「そうよね」


 瑞江、稲城、颯田は全員170前後である。瑞江と稲城に関しては跳躍力は高いので織り込むことはできなくはないが、サイドからのクロスをヘディングするような練習は全くしていない。


「俺達が今までやってきたコンセプトを曲げてしまうと、逆に良くないのではないかと思う。うまく行かない時に純や俊矢を投入するならまだしも、最初から変えてしまうとチームの根本が崩れそうな感がある」


 チームとしての戦い方について優先順位をつけていて、その優先順位をきっちり守って半年間練習してきたことで、高踏は全体の動きが統一されている。


 そこに違った側面を加えると、個々人がそれぞれに解釈を加えてしまうかもしれないし、優先順位を変えてしまうには一週間という日にちはあまりにも短い。


「じゃあ、狙わない?」

「世界最高の監督なら、日常的な練習にハイボールを混ぜるようなやり方をさせて、試合では無意識にさせるように出来るかもしれないけど、俺には出来ないなぁ。だから、いつものやり方で行くよ。変なことをやって失敗して、いつも通りにしておけば良かったと後悔するのも嫌だし、ね」

「あくまでこれまでのやり方を貫くというわけね」

「そうなるね。うん?」


 携帯電話にメールが届いたようだった。


 開いてみると、甲崎からのものだ。


『明日、聖恵貴臣って子が来るから伝えてくれって校長から言われたので、そのまま伝えておくよ』

「……」


 また面倒くさい話が増えそうだ。


 陽人はそう思った。



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おまけ(聖恵貴臣の起用法):https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330668883804039

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