10月14日 16:03
試合が終わり、周囲の観客達がゾロゾロと列をなして帰宅の途についた。
高踏高校のバスは、夕方17時30分出発なので、急いで行く必要はない。
ただし、顧問の真田順二郎だけは列に紛れていた。
彼もバスには乗るのだが、帰宅時間を妻に伝えようと裏に行こうとしたのである。
そこで携帯電話を開いて、校長からの着信が三件入っていたことにびっくりした。
家より先にそちらの返信を返す。
『真田先生、お疲れ様』
「こ、校長先生! 申し訳ありません。周囲がうるさくて着信に気づかず!」
『あぁ、いやいや、それは全然問題ないですよ。実は大変なことになっておりまして』
「大変なこと?」
『取材の申込が沢山来ているんですよ。地元紙だけではなく、全国紙、スポーツ新聞さらにはサッカーワールドのようなサッカー雑誌からまで』
「げげっ、本当ですか?」
と驚きはしたが、不思議な話ではない。
サッカーという競技は詳しくないが、一か月前まで、高踏高校はサッカーとは完全に無縁の存在であった。
無縁であるうえに一年生ばかりのチームが、県予選大本命の深戸学院に勝利して決勝まで進んだのだ。取材しないわけにはいかない。
『できれば決勝戦が終わるまでは……とは言っていたのですが、一度は監督の長い談話が欲しいということで、火曜日の夕方に体育館で取材を受けてもらうことになりました』
「えぇっ!? もしかして、私が、ですか?」
真田は驚愕するも。
『他に誰がいるんですか?』
と校長に冷静に返されて、反論の余地もなくなった。
チームを実質的に作っているのは天宮陽人である。
試合に勝っているのは選手達であり、サポートしているのは天宮陽人の妹達である。
とはいえ、高校一年生を代表として取材に出すわけにもいかない。
となると、誰が出るのか。
名目顧問である自分ということになる。
「火曜日ですか……」
『試合が近いと選手達にも影響が出るでしょう?』
「そうでしょうねぇ……」
しかし、火曜日だと準備期間が二日しかない。
「質問はあらかじめ貰えるのでしょうか?」
サッカーについて詳しくない真田にとっては、質疑応答のキーはマネージャーの卯月亜衣になる。彼女のサポートがなければ、どうなるか。先ほどのインタビューのことを思い出し、背筋が詰めたくなる。
せめて投げかけられる質問を知っておきたい。そうすれば、サポートがいなくても回答集を用意して、対処することができる。
『……そうですね。どこまで制限できるかは分かりませんが、無関係な質問はしないように要請しておきますよ。あと、念のため甲崎君も帯同させておきますよ』
「あぁ、甲崎君ですね」
『彼も受験もあるので面倒だと思うかもしれませんが、こういう経験は貴重でしょうからね。ということで、よろしくお願いします』
「分かりました。ただ、選手の方は何も無しでいいんですかね?」
サッカーを知らないとはいえ、瑞江のゴールや戸狩の得点に至る経緯などは相当なものだったという印象はある。
取材陣も、選手に対して多少聞きたいことはあるのではないか。
『共同取材の後、一つ二つくらいは質問を受けさせるようにします。決勝戦があるとはいえ、全く応じないわけにもいかないでしょうし』
「なるほど」
『では、そういうことですので』
電話が切れた。
真田は大きく溜息をついた。
売店でコーヒーを買って飲み、妻に電話をかけた。
「17時半のバスで戻るから、家に着くのは20時くらいかな」
『それは良いんだけど……』
電話口の妻の言葉が暗い。
『インタビュー、もうちょっと何とかならなかったの?』
「げえっ、見てたの?」
『美希がさっきからずっと「こーとー、さっかーう(部)、いおろ(日頃)、やっえうこと(やってること)」って復唱しているわ。何度も繰り返していたから、パパの大事な言葉と思ったみたいね』
と、もうすぐ二歳になる娘の名前を口にする。
「マジ?」
『あと、ベンチに座っている時はもうちょっと背筋を伸ばしてくれる? テレビでぐでーっと座っている姿が映っていて、恥ずかしいったらないわ。勝っているからいいけど、負けたら親戚から馬鹿にされることになるから』
「……わ、分かった」
『今は簡単に録画とかできる時代だから、本当にお願いね。貴方が馬鹿にされるのはいいけど、私と美希まで巻き込まないでちょうだい』
「そんなぁ……」
あまりな言い草である。
とは思ったが、実際、新年の親戚の集いで録画したビデオを放映されでもしたら溜まったものではない。
(目立つって、大変だ……)
来週のための準備をしっかりしなければいけない。真田はそう思った。
もちろん、彼の準備にはサッカーは何一つ含まれていない。
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【おまけ】
勝った時の真田家:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330668835209055
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