第2章
第6話 ー株式会社エシックスー
都内某所。
雑居ビルが建ち並ぶ繁華街のはずれ。
人通りが少し少ない通りのとあるビル。
小汚く用がなければ誰も近寄らないようなビル。
名称は『神取ビル』
テナント看板には1階から4階まで『株式会社エシックス』の文字。
4階建てのビルのくせに万が一の為にエレベーターがない。
駅から徒歩10分もかかるし、駐車場もない。
コンビニまでは3分もかかるし、自転車もない。
利便性を欠いたこのビルが僕達のアジトだ。
………………
「おかしい。何で今回も僕なんだよ」
僕の指定席とも呼べる1人掛けのソファに倒れながら、支給品の社用スマホのメールをチェックし、ぼやく。
ソファとベッドと冷蔵庫と電子レンジとテレビと机と椅子と本棚と……その他色々。
大凡、普通の一般家庭が常備しているような家具家電しか並んでいない、会社とは思えない内装。
そこそこ広いワンルーム12畳程の間取り。
一見、一般家庭としか思えないそ『株式会社エシックス』の2階部分にあたるのが僕達『チルドレンエラー』の居場所だ。
3月も下旬に差し掛かり今年度はもう依頼はないと思ってたのに……ご丁寧に『淵上綾人』を指定した依頼が来ていた。
読むのも怠くなるような長文のメールに目を通す。
何故僕が指名されたのか心当たりがない。
だが、今回の依頼は僕が担当する案件じゃない。僕の専門範囲外の依頼だ。
この手の依頼は不登校中学生の土蔵弓弦の担当だ。
弓弦は此処に住んでるようなものだから依頼が来ない限りは大抵此処にいる。いや、引き篭もり気質もあるから依頼が入っても大抵此処にいる。
弓弦は僕のぼやきに一切の反応を見せずソファで寝転がりながらゲームをしている。
僕は弓弦が横になっているソファの正面に立ち、ゲームの邪魔をしないように話しかける。
「……はぁ。今回の依頼内容を簡単に説明すると『同業のLive配信者を蹴落としてほしい』ってことらしい。弓弦、手伝ってくれる?」
コクリと無言で頷く弓弦。
中学生なだけあって成長しきってない小さめな身体と恥ずかしがって言葉を発さないのが生意気な子供にしか見えない。
……悪い奴じゃないんだけどな。
メールアドレスは全員共有の為、誰でも閲覧可能。
弓弦も恐らく依頼には目を通している。
僕と組むことになると予測していたのならば、もう動いてるかもしれない。
「……綾人はまだ何もしなくていいよ……事が進んだら連絡するから」
弓弦はあまり多くを語らない。
指示も端的で短い。子供だから上手く汲み取ってやらないとすぐ不機嫌になる。
頭の回転は早く、理解力も高いから弓弦と依頼をこなすのは結構楽しい。
コミュニケーションの少なさもお互いを信頼してる感じがして気分が上がる。
「じゃあ、お言葉に甘えて帰らせてもらうよ。教職なんて慣れない仕事を半年もしてたから肉体的にも精神的にも疲れてるんだよね」
「……知ってる……お疲れ様」
「あぁ、ありがと」
短い言葉を交わし僕は神取ビルを後にした。
……意外と面白いからまだ教師は続けてるが、今月が引き際かな。
依頼。
僕達が日常的にこなす仕事のようなものだ。
『善悪と倫理の教会』には社会のはみ出し者が集まる。
良くも悪くも多く集まる。
はみ出し者側の人間と、はみ出し者を淘汰したい側の人間が多く集まる。
僕達エシックスに所属する人間の多くはやりがいの為に依頼をこなしている。
皆が皆、本気で稼ごうと思ったら生涯お金に困る事はないくらい稼げる。
それだけのスキルと才能がある。
ついこの前まで組んでいた荒船莉奈だってそうだ。
真っ当に役者の道を進めば、将来は誰もが知る大女優になるだろう。
突出した『演技の才能』がある。
僕も此処に所属してるって事はそれなりに得意としてる分野がある。
弓弦の場合は……言語化が難しいが彼もまた天才と呼ばれる人種だろう。
「あ、綾人。アンタもう帰るの? 事務所来たんらお茶くらい私に出しなさいよ」
駅に向かう道中偶々荒船莉奈に遭遇した。
相変わらず偉そうな物言いの生意気な女子高生、彼女もまたチルドレンエラーの1人。
年は離れているが僕の同僚だ。
「いつも言ってるけどな、莉奈。そんな言い方ばっかしてたら人生損するよ? 」
「別にいいわよ。アンタに好かれるなんて死んでも嫌だし」
「はいはい、そうですか。生徒を担任する先生としては悲しいなー」
「本当にキモい。最悪。アンタと学校と職場以外で出会うなんて本当に最悪。気分害した。お金。慰謝料。払え。早く」
ずんずんと手を伸ばしてくる。
図々しいにも程がある。
僕は何も悪いことしてないのに。
「いや待て。大体声かけてきたのは莉奈の方からだろ? 僕は何もしてないだろ。なのに慰謝料だのなんだのはおかしい」
「関係ない。アンタ相手に正論なんか言うだけ無駄でしょ。暴論こそが正義よ」
「はいはい。失礼しました、お嬢様」
僕は黙って財布から福沢を取り出し、莉奈に差し出す。
此処で野口や樋口を差し出して文句を重ねられるのも鬱陶しい。
僕にとっても莉奈にとってもお金の額は問題じゃない。
ムカつく相手からお金をぶん取った快楽に近い興奮を得たいだけなのだ。
「まぁ、今日はこれくらいでいいわ」
強引に福沢を奪い取られる。
「それより莉奈さ、依頼は見た?」
福沢はもうどうでもいい。
取られた後に文句は言わない。
どう言う形であろうと取られた本人が悪いのだから。
くだらない話でいちゃいちゃするのも悪くないけど、建設的な話もしておこう。
なんせ莉奈には一方的に嫌われてるから中々連絡が取り難い。
「アンタ宛ての奴でしょ? 依頼の確認も仕事だし一応は見たわよ。で、依頼人は誰よ? どうせアンタならもうわかってるんでしょ? 淵上綾人に匿名が意味を成さないことは皆知ってるんだから」
「んー? 恐らく文体と内容から察するに莉奈のクラスメイトの曙川唯だろうな。」
曙川唯。一年E組。出席番号1番。
荒船莉奈が学校で築いている立場とは真逆に位置するような女子生徒。
スクールカーストは低く、いじめられているなんて噂もあるくらいだ。
「へー。あの曙川さんが……意外ね。現実世界じゃ輝けないからってネットの世界でお姫様気取ってるのね」
「軽く調べたけど結構凄いな。チャンネル登録者数50万人超えてる大手配信者みたいだ」
「ふーん、ま、そもそも私向けの依頼じゃないし、ネットなんて興味ないし、曙川唯にも興味ない」
「クラスメイトだろ? 悲しいこと言ってやるなよ」
「余計なお世話よ。アンタと違って私友達多いから。あ、それと」
莉奈は話をしながら僕の元から離れていく。
「何だよ?」
「並木先生の時みたく私を巻き込まないでよ」
強い意志の宿った目線。
悪いことしたか? あんまり他人に感情移入するタイプの人間じゃないと思ってたけど。
「わかったよ。じゃあまたな」
莉奈はエシックスへ、僕は家へとそれぞれの道へ向かった。
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