第2話 王女様は猫を被る

「――これが、エグレットで流行している小説ですのね……」


 今日は王宮の一室で、シャルロッテ主催のお茶会が開かれていた。シャルロッテがレーヴェにやって来てから主催する、初めてのお茶会である。

 広くて開放感のある談話室には、明るい日差しが差し込んでくる。初夏の庭は緑が生き生きと輝き、華やかなバラが咲き誇っていた。室内にも季節の花が飾られ、焼き菓子の甘い香りが漂っている。


 招待客は、宰相や騎士団長、国の重臣たちの奥方や娘など、レーヴェの主立った貴族の女性たちだ。顔合わせという名目だが、要は値踏みである。

 レーヴェ貴族の女性たちは、自国の将来の王妃がどのようなものか、その目で確かめに来るのだ。この場では、一挙手一投足を見張られていると言っても過言ではない。下手な言動をすれば、たちまち揚げ足を取られ、悪評を吹聴されるだろう。しかし、相手を観察しているのは、シャルロッテも同じだった。


 この国は、つい最近まで第一王子と第二王子が王位継承権を争っていが、第一王子が失脚し、第二王子であるユリウスが王太子としての立場を確立した。それと同時に、第一王子を支持していた一派も勢いを失ったが、どこに反対勢力が潜んでいないとも限らないし、いつ足元を掬われるかわからない。こちらの隙を見せないよう注意を払うのと同時に、あちらの出方をうかがい、真の敵味方を見分ける機会でもあるのだ。


 にこやかに笑みを交わしながら、互いの懐を探り合う。社交の場は女の戦場だ。自分はユリウスと共に剣を取って馬を駆ることはできないが、この場を制することが自分の役目だと心得ていた。


 そして何より、小説をお披露目する絶好の機会なのだ。


 シャルロッテは、故国の社交界で流行している文化だと言って、持ち込んだ紙の束をテーブルの上に披露する。偏っていると思われないよう、シャルロッテの作品だけでなく、他の人間が書いたもの混ぜてある。もちろん、姫は自分が書いたとは口が裂けても言わない。

 詩歌音曲は上流階級の嗜みであり、無論シャルロッテやこの場にいる女性たちもそれを修めているが、レーヴェでは小説を読むという文化はまだ広まっていないようだった。どれか一つでも興味を持ってもらえれば上々だ。


 持ち込んだのは、お茶を一杯飲む間に読めるような短編ばかり。最初に宰相の奥方が一つ見繕って読み始め、他の女性もためらいがちに残りの中から手に取って読み始める。やがて、読み終えた夫人がこれは素晴らしいわと言えば、わたしにも見せてくださいませと他の夫人がそれを手に取る。そんなふうにして、この場は小説の話題で持ち切りになり、姫自身の印象も良いものを与えられたという点で、ひとまず姫の目論見は成功した。


「これは素敵なお話ですね。続きはあるのですか?」


 年若い令嬢が、頬を紅潮させながら姫に問う。彼女は元々第二王子を支持している家の娘で、姫にも好意的なようだった。

 彼女が読んでいたのは、ユーフェミアシャルロッテの書いたものだった。


「ええ、もちろん。手に入りましたら、またお持ちしますわ」


 微笑んで答えながら、姫は心の中でぐっと拳を握って快哉を上げた。だが、決して顔には出さない。見事に慎ましやかな淑女の仮面を被っていた。

 他の夫人たちも、本心かお世辞かはわからないが、姫の持ち込んだ小説を口々に褒め称える。中には、借りていって複写させてもらってもいいかと言う夫人もいた。シャルロッテはもちろんどうぞと、にやけたいのを抑えた控えめな笑顔で応じるのだった。


 本を流通させる手段は、手書きによる複写が一般的だった。木の板に文字を掘り、そこにインクをつけて紙に転写する木版印刷術もあるが、それはそれで手間と人手がかかる。

 そのため、本を手元に置きたいと思ったら、原本を自分の手で書き写すのが、一番手っ取り早いのだった。複写される過程で文言や表現が書き変わっていくこともあるが、それもまた一興ではある。人によっては挿絵を加えたり、紙質にもこだわり表紙を付けたりして製本し、自分だけの本を作ることもある。それも上流階級の贅沢の一つだったが、それはさておき。


 そういった背景もあり、シャルロッテはユーフェミアの正体が自分だと露見しないよう、用途によって筆跡を使い分けるという特技を身に着けていた。小説に対する執念が成せるわざである。


 そして、そろそろお開きかという頃合いになった頃、年嵩の夫人が言う。


「それにしても、シャルロッテ様のような素晴らしい方を妃にお迎えすることができて、わたくしたちも誇りに思います。同盟も強化されて喜ばしい限りですし、あとはお世継ぎの誕生が待ち遠しいですわね」


 それを聞いたシャルロッテは、誰にもわからないくらいのほんの一瞬だけ、虚無を見つめるような顔をしたが、次の瞬間にはふわりと微笑む。


「……ええ。わたくしもそう思います」


 姫の心の動きに気付いたのは、給仕をしていた侍女のミシュアだけだった。

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