優しい子

浅賀ソルト

優しい子

息子が麻薬取締法違反で捕まり、執行猶予判決が出て、「今後はしっかり監督いたします」と供述したけど、同居はしたものの監督しているとは思えなかった。

そもそもそのことを話題にできなかった。

何度か、なぜ麻薬をしたのかと聞いてみたけど、息子は何も答えなかった。

やがて、よくあることのようだけどタブー化して触れてはいけない話題になった。

その日も二人で食事をしていた。自分がじーっと見ていたことにも気づかなかった。

息子は目を伏せて、「なに?」と言った。

「ん、いや、どうしても現実感がなくて。麻薬をやった人には見えないわ」

こういう会話も何回かしている。いずれ話してくれるといいんだけどと思っている。

「けど目の前にいるのは麻薬をやった人なんだよ」息子は言った。まだ子供っぽいすねた言い方だった。

「そんな風には見えないわ」励ますつもりでそう言った。

「何回も言ってるだろ」

「何回聞かされてもねえ」

私は何度も、麻薬が必要なようには見えない、麻薬患者には見えないと言い続けてきた。実際そうだった。私の目にはただの息子にしか見えなかった。

私は安心させようと繰り返した。

「普通の人にしか見えないわよ。大丈夫」

「ちっ」

何が勘に触ったのか、息子は大きな舌打ちをして、そこで食事を切り上げて自室に戻ってしまった。

私は自分の食事を済ませ、息子の食器と一緒に片付けた。

息子が誰から麻薬を買ったのかは分からないままだった。

息子はそれを言わなかった。警察にも言わなかった。

息子は薬を使った犯罪者だったけど、さらに売人を庇うという協力者でもあった。

つまりまた買うつもりがあるということだ。

夕食のあとテレビを見ていると、二階から息子が下りてきて、リビングを通らずに玄関へと向かった。

「どこに行くの?」

「コンビニに散歩」

「行ってらっしゃい」

廊下の向こうにいるはずの姿の見えない息子に声をかけた。

昼間は仕事をしているけど、夜も息子は出掛けていた。これが初めてではなかった。

けど、こういう風に夜に息子が出ていくと、あとはテレビのことも頭に入ってこなかった。

見ているんだけど、頭のどこかで、息子が何をしているのかが気になってしまう。

帰ってくるまでは起きてなくちゃ。そしておかえりと言ってやらなくちゃ。

これも息子が夜に出掛けるたびに思うことだった。

それでもどこか、この夜のどこかには麻薬の売人というのがいて、たった今もそれを誰かに売っている。捕まっていないのだからそれは確かなことだった。

捕まって面会したときに、「誰から買ったの?」と聞いてもまったく答えようとしなかった息子の様子を今でも覚えている。

完全に口をつぐみ、貝のようになっていた。

こんなに必死で一生懸命で、強い意思を感じさせる息子を見るのは久し振りだった。

「ごめんなさい。言わなくてもいいのよ。あなたは優しい子だものね」

自分の意思というよりは、自分も親から言われてきた定型句をそのまま言っているだけという感覚だった。

捕まった子供にかける言葉は普段から用意しておかないと、咄嗟には出てこない。

やがて玄関に人の気配がした。

息子はただいまと言わなかった。

「おかえり」

少し間があった。「ただいま」

また定型句が出た。「遅かったのね」

「うん」

息子は二階に上がっていった。

「お風呂は沸いてるからね」

「んー」

甘えるような声だった。

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優しい子 浅賀ソルト @asaga-salt

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