第37話 覚醒的クラック

「ねえあゆむ? 歩の夢って何?」

「なんだよ急に? そうだな,この計画を無事に成功してみせることかな」

「そうじゃなくて,その後! 私はね.小説を書いてみたいな.」

「小説?」

「そう.泣いてる私のところに歩が来て,みんな倒してくれるの!」

「俺のこと好きすぎだろ.それに俺にはそんな力はないよ.第一,成功した後なら俺の方が助けらる側な気がするよ」

「たしかに,歩って弱っちいもんね.守ってあげないと」

「否定してくれよ」


 いつの記憶だろうか.随分と幼い俺と伊吹が話している.


「トールもいなくなっちまったし,広い施設も二人だけだと寂しいもんだな」

「二人だけじゃないよ,みんなが傍にいるよ」

「ん? ああ,そうだな.楽しくやってるといいんだけどな」

「それとももしかして.二人きりで何か企んでるの~? やらしい」

「幼馴染に今更何も感じねぇよ.色々小さいしな」

「はああ,キレちゃいましたね.助けるどころか天使にボコされる物語書いちゃうもんね!」

「反抗がかわいいな.悪かったよ.そういうところがチャームポイントだ」

「歩,好き」

「ちょろ」

「ん?」

「何でもないよ.ほら,始めるぞ」

「広い施設で男女二人きり,何も起きないはずはなく」

「誰が何人いようが何かは起きるぞ.というか二人じゃないってお前が言ったばっかだろ」


 伊吹は頭に装置をつけて椅子に座った.まえがきが終わり,長い長いプロローグが始まろうとしていた.


「歩,次に話せるのは何年後かな?」

「さあな,たぶん途中で数えるのをやめるのは間違いないな.面倒だし」

「ええー,○○年振りだねって言いたいんだけど?」

「言えることが大事だろ? ……またな」

「うん,歩君と私のこれからに期待して! グッバイ!」

「軽いなぁ」

「これから面倒見てくれると考えると興奮してきちゃうな.何回も育てられちゃうなんて」

「気持ち悪っ.……まあ,何億年だろうが見守ってやるからな」

「うん……!!」


 幸せそうな顔をした伊吹に注射を打つと,俺は装置を起動した.単調な繰り返しの果てに夢を見て,俺らは航海を始めた.新大陸を目指して進んだ先には,元いた場所へ続く大地が広がっていただけかもしてない.だがその地で,その瞬間だけの小さい幸せが見つけられたら,心から救われただろう.


「[僕の神の剣を躱した……だと??]」

「躱さずにはいられない.だってここで消えるわけにはいかないからな」

「[何を今更おっしゃいます,本当の意志を取り戻したところで貴方様は自壊するだけ……]」

「みんな,俺の中にいるんだよ.電脳に移されたかつての仲間も,苦しみながらも必死に生きてきた今の人たちも,悩みながらも救うことを止めなかった天使たちも.俺一人で世界は回せないし変えられない.みんなで心を一つにして世界をつくっていくんだ.天地創造だってできるさ,きっと」

「[ヒビが……消えていく……?! 馬鹿な!! 恨まれ疎まれていた悪魔さんに,そんなこと出来るはずがないじゃないですか!!]」

「言っただろ? 俺一人じゃ変えられないって変わらないって」

「[まさか?!]」


 ありがとう,伊吹.俺をここまで崩れずに導いてくれたのは,変わらなかった意志の中に,ずっとお前がいてくれたからだ.伊吹,俺たちのってやつを教えてやろうぜ.



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