第36話 選択的スパイラル

「[ついに本物の神に!! ああ,これは素晴らしい! 天使伊吹いぶきの高次元の力……!!]」

「神と天使を一緒にするな」

「[そうですねそうですね.天使は神である私に従うだけの哀れな女だ.変わり果てた貴方様の意見に飲まれて人類史をやり直させてしまった.自壊して散り散りになった後も,数万年も疑わずに天使と悪魔の茶番を用意してくれた.ですが,そのおかげで僕は向こう側へ行けるのです!! 今は感謝していますよ]」

「清々しいほどの悪役っぷりだな.俺なんかより悪魔らしいぜ」

「[ハハハハ,確かに運命の影響を受けないにもかかわらず,古い管理人の意志に身を任せてきた怠惰な貴方様とは違いますよ.見て分かったでしょう? 数万年前から何一つ変わっていない! 天使がいて悪魔がいて,二人が出会って,天使は全てを失い暴走,その天使を悪魔が殺して終わり.この繰り返しの果てに争いの絶えない世界が続いています.世界は生と死,1と0,選ぶ選ばないの連続で出来ている.捉えることのできない速度で選択が繰り返されている世界は,大きな流れとなり幾つにも分岐しながらも誰も逆らうことのできないものとして流れ続けているのですよ.選ばなければ進まない,選べなければ守れない.かつての人類はその流れを制御しようとしましたが,できた結果が流れ着く先が見えることだけ.結果として彼らはその流れに抗うのではなく,流れのない場所へと逃げることにしたのです.流されている僕たちを置いて!!]」

「うらやましい選択肢をとった奴らに後ろ指を指して被害者面をしているが,あんたはそいつらと同じで逃げたいだけだろ?」

「[そんなわけあるかあぁぁあああ!!!!!! 向こうの連中とは違う!! 僕は一人でだって流れを堰き止める堤防もつくってみせるし,溺れそうな人を救ってみせる!! 一緒にするな!!!]」


 天使の輪に照らされたソニアの顔で,狂気的な錬金術師は叫んだ.理想や夢を否定すべきではないのかもしれないが,正義感というものは人をこのような姿に変えてしまうのか.


「あんたは伊吹の生まれ変わりなんかじゃない.あいつの魂を弄んでいる悪魔だ」

「[僕に悪魔の名を継げと? ハハハハ,看板まで下ろしてしまうと貴方様は亡霊そのものですよ.すぐに終わらせましょう.──旋除剣リムドナ]」


 さすがに扶魄スペラで俺が回収できないことは知っているらしい.ソニアに託されはしたが,通じるものか──……?!暗闇が明け,陽の光があたりに差し込むとともに,まぶしさで目を細めるどころか見開いてしまった.光を遮っていたその暗闇は,青空の下で夏の雲のように白く大きく羽ばたいた.


「[見とれてしまいましたか? 迎えに来ましたよ]」


 気が付くと剣が降り下ろされていた.

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