第35話 解呪的ゴールライン
「言っちゃなんだが,本当に俺のことを信用するのか? こういう時に心の苦しみに付け込む悪魔の囁きというやつかもしれないんだぞ? そもそもあんたが死んだ後,セリアちゃんを俺がどうこうできちゃうわけでな──」
「それは絶対にさせない.貴様の中で全力で抵抗してやるぞ」
「どうだかな.俺はこの数万年,抗えなかったよ.あいつらの苦しみと優しさと甘さに飲み込まれていた.十分すぎるほど生きたのに,消えるのが怖かった.まだやれることがあるんじゃないかって考えてしまう」
「当たり前じゃないか,そんなこと.死ぬときに勝手に折り合いをつけて満足する必要なんてない.死ぬときまで進み続け,まだ上を目指せると言い切れる生き方をすべきだ.ゴールラインでぴたりと止まる必要はない,そのずっと先まで走り抜くつもりで走れ.貴様なら何処までもいけるのだろう?」
「当たり前……か.常識に身を委ねることは個の破滅にしか繋がらない」
「違うぞ
「大地か……はっはっは,励ますつもりがいつの間にか励まされちまったな.俺としたことが悪魔らしくもない」
「歩,私が正義など掲げる必要などないように,貴様も悪魔である必要などないのではないか? 世界を背負って犠牲を受け入れる必要なんてない.犠牲無き世界などありえないことは承知している.だが進んで犠牲を出す必要などないんだ.貴様にはもっと根源的な欲があるはずだ.流され騙され耐え忍んできた貴様にも,世界や正義をかなぐり捨てて守りたいものがあるんじゃないのか?? 人の心から生まれた悪魔にも,多くの人の心を知る悪魔だからこそ,貴様の中の一番は貴様が一番分かっているんじゃないのか??」
一番守りたいもの.俺の一番は,一体何だったろうか.記憶も心も捨てて来た俺の中には,まだ残っているのだろうか?
「私が魂を引き取った後のこと,任せてもいいか?」
「……,そうだな.この天使の力については,俺が責任を持とう.正直やりたくないことなのははっきりしてるがな」
「ダメだぞ歩,責任からはどう足掻いても逃げ切れないものだ」
「分かっているよ,とても」
「その前に,元の姿に戻しておいてやろう.
人間でいた時間は非常に短かった.人間でいる間は,冷え切った心が包まれている気持で心地良い時間だった.
「さあ,セリア.お姉ちゃんが楽にしてやるからな」
看病している姉妹のようだ.ゆっくり息を吐き,深く吸うように──
「
セリアが穏やかな顔になると同時にソニアが倒れる.俺はセリアを抱えてなるべく離れた場所へ横たわらせた後,ソニアを別方向へ連れて行こうとした時,あたりが急に暗くなった.その中で薄い灯がふわりと光っていた.天使の輪だ.光から声が聞こえてくる.
「[ようやくようやくですよ.運命の濁流に揉まれながらも漕ぎ続け,ここまで来ることができました]」
「いい加減に決着をつけなきゃな,ノエ」
運命の果てで,答えを聞こう.
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