第34話 無二的ラメンテーション

 父様が亡くなった時も,母様が亡くなった時も,私はただ泣くことしかできなかった.そんな私の涙を拭ってくれた御姉様の手はいつも温かく,いつまでも触れていたい優しさがこもっていた.


「敵襲だ!!!」


 朝霧の中,東から後光を受けた数百人の軍がこちらに向かって来ていた.


「我々はあなた方を捕虜とします」

「約束と違うじゃないか!!」

「こちらとて命を無駄にしたくはない,したくはなかった.だが伝わっていたんだ……,私達にはこれしかない」


 完全に狙われていた.敵国から何かを盛られた? でも交渉の場には,向こうの交渉役もいたと聞いているのに.一体どうやって……?


「隊長はここで死ぬべきじゃない.歩さんよ,隊長とセリアちゃんを」

「まだ逃げ切れ──」


 敵の猛攻は想像以上だった.抵抗すれば捕虜にするでもなく容赦なく殺してくる.戦争を止める気はないのか,それとも私達は…… 私に出来る事はただ一つ.御姉様に連れてきてもらったのは,このためだったのかもしれない.


「やめてくれ…….自分を犠牲にした平和の先に,何があるか俺は何度も見てきたんだ……」

「御姉様のこと,よろしくお願いします.」

「やめろ!! セリアちゃん!!」

「──扶魄スペラ


 敵軍は淡い光を放ち,朝日を歓迎するように煌めいて舞う.澄んだ空気のなんて心地よいこと,私のいた国はいつも雨ばかりだった.父様や母様に見てほしいな.



 起きた時にはすでに全てが終わっていた.事の顛末は歩からおおよそ聞いた.交渉から帰ってから,一週間が経っていた.


「翌日の昼になっても起きてこないからとセリアちゃんが様子を見に行ったくらいからだった.同行した精鋭七人のうち五人が次々と急死したんだ.ノエと俺も何故だか無事だったんだが,毒を盛られたという推察が当然された.だが毒特有の症状は外からでは見られないことで原因究明は難航.数日の話し合いの末,解剖すると決まったあたりかな,あいつらが攻めてきた.向こうとしては,このまま真面目に戦争を続けるよりも,俺らを捕虜として交渉した方が国力を落とさないと判断したんだろう.そして──あんたらの上の奴らは,それに食いつくと分かった上で,あんたらを餌にしていた.初めから,この遠征には何も意味はなかった……」

「ならば……セリアは……」

「セリアちゃんは,俺らの全滅をなんとかして防ごうとしてくれた.でも途中から意識が保てなくなって,最終的に味方も相手も全て消しちまったけど……」

「悪魔……なぜ貴様はセリアを……いや,そうできなくさせたのは私の方か……」

「俺も何も出来なくて……すまなかった……」

「セリア……」


 まだ少し温かいセリアの頬を撫でる.よく頑張ってくれた.その言葉を伝えたくて……  私がここに連れてこなければ,あの時何としても認めなければ,私が起きていれば,考えて交渉していれば,違和感に気付いていれば,遠征隊など断っていれば,浅慮な正義など捨てて逃げていれば,セリアに天使の力など与えなければ,私の妹でなけ──頬をはたかれた.


「それ以上は言ってはいけない.ソニアさんよ,あんたは何も間違ったことなんかしちゃいないんだ.結果が間違ったものであっても,あんたの掲げた正義を否定しちゃだめだ.妹を家族を隊の皆を守ろうっていう想いは捨てちゃいけない」

「っ……綺麗ごとを言うな!! 私の間違いでなくて誰がセリアを守れたと言うんだ!! セリアは……セリアは……たった一人の……たった……妹……」


 父が死んだ時ですら流れなかったはずの胸の内の悲しみが溢れた.悪魔の胸で子供のように泣いてしまった.彼の心は驚くほど温かく,私のことなど簡単に包み込んでしまえそうなほど広いものすら感じた.しばらく泣いた後で,悪魔は残された選択肢を示す.


「セリアちゃんは気を失っているが,おそらく何百という意志と記憶を保てない状態になっている.数億年は目が覚めることはないし,その前に寿命がくる.誰かが余計なことをして暴走する前に俺がとどめを刺すしかないだろう.それか,あんたが全部を肩代わりして俺に殺されるか」

「愚問だ.セリアのためなら殺されてやろう.あゆむ

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