第33話 先陣的ネゴシエーション

 相手部隊が見える高台まで迂回して来てすぐに,下手に手を出さなくてよかったという安堵と,どう折り合いをつけようかという不安が渦巻いた.


「これはこれは,すごいですね.人員の数のみならず,剣に槍の数,そしてあの戦車」

「随分と大掛かりなものを持ってきたものだ」

「過剰な気もしますね」

「……」

「どうかされたのですか?」


 どうして,だ……


「どうして貴様がいるんだ?! 悪魔!! 待機を命じたはずだぞ!」

「はいはい,あまり大きな声は出すもんじゃありませんよ」

「連れてきたのはノエ,貴様か?」

「そうですそうです,僕の独断で連れてきちゃいました.まあ死なれても結果オーライなのでね」

「え? 私死ぬんですか?」

「貴様らはこれ以上余計なことをするな.私だってセリアを置いてきたというのに……」


 今回は緊急で仲介人がいない.戦う意志が無いことを主張し,相手方に納得のいく条件を出さねばならないだろう.問題は向こう側がこちらの存在に気付いているのかどうかだ.


「連れてきた奴隷5人に書状を持たせて向かわせろ」

「こちらは何か準備しましょうか?」

「いや,しばらくここで待機だ.意図が伝われば何かしらの合図か人員が来るだろう」

「了解しました」


 半日はかかると踏んでいたが,数時間でこちらに使者が来た.内容は前線のキャンプに私含め十人まで通すというものだった.テーブルにつけただけでも十分だ.参謀と通訳も兼ねてノエと監視すべきということで元悪魔,それから動ける護衛を七人つけた.交渉の相手は茶葉の匂いが染みついたテントにいた.茶葉を持っているとは,随分と先進的だ.


「皆様,不測の事態でこちらも驚いております」

「交渉に応じていただいたこと,感謝する.私は隊長のソニア・デ・リバデネイラ・ビダルだ」

「なんと,隊長自らありがとうございます.私は交渉役のオズマンド・ネイサンと申します.早速本題についてですが,私達の向かう先は当然西なのですが,進路を少し北にずらしましょう.詳細な区画については上のすることでしょうから,とりあえず今は衝突がないようにしましょう」

「話が早くて助かる」


 その後も順調に話が進み.停戦の合意はお互い納得のいく形で定めることができた.あまりにも上手く話が進むものだ.これなら百人全員無事に帰れるというのも夢ではない.


「本日はありがとうございました.お互いの新しい大地での未来を祈りましょう」


 自陣のキャンプまで戻って来ると,一気に疲れが出た.


「御姉様ああぁぁぁ」

「留守番ご苦労だった.私はしばらく休む」


 駆け寄ってきたセリアには申し訳ないが,無性に眠いんだ.無性に……



「何寝てるんだよ!! 起きろ!! ソニア!!!」


 私を起こしたのは血相を変えた悪魔だった.なんと寝覚めの悪い.


「早く来てくれ!! 隊が……セリアちゃんが……,もう何もかもが滅茶苦茶なんだよ!!」

「何だと?!」


 外に出てその景色を見た私は目を疑った.あちこちが破れたテントに倒れた鍋,ここで大型の動物でも暴れたのかという惨状の中,あれだけいた隊の仲間は全員いなくなっていた.ただ一人を除いて──


「セリア!!!」


 荒れたキャンプの真ん中に,私の妹は倒れていた.

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