第32話 望外的アタック

 私が十四の時,父親が戦死した.船長として単独行動をしている際の事だったそうだ.泣き崩れる母と妹を前に私は立ち尽くすばかりであった.我が国の艦隊の強さは国民の誰もが疑わないものではあるが,どれほど力の差があろうとも一人も死なさずに完勝する戦争など存在しないのだと思い知らされた.私たちは家の道具やらお金になるものを売りながらしばらく過ごしていたが,やがて底が見えてきて家を売り払うことにした.父親が死んだ時は慰めの言葉をかけてくれる人も多かったが,ほとんどが軍人であるため滅多に会うことはない.母も働こうとしたが中途半端な身分のせいで孤立し,最終的には病んだ末に昨年他界してしまった.幼いながらに体の強かった私は十五の時(セリアは母が亡くなった直後に),軍に入隊するが,後ろ盾もなく女性であったことから身分などあってないようなものとなっていた.


「セリアは元気に育ってよかった」

「御姉様,私ももう十六ですよ」


 濡れた布でセリアの背中を拭きながら昔のことを考えていた.私の妹は背も私と同じまで大きくなり,他の面でも発育は私より良かった.私を真似して短くはさせなかった綺麗な黒髪からは少しいい匂いがした.


「御姉様の手は温かいです」

「ふふ,セリアの背中は柔らかいな」


 セリアの身体は純粋で柔らかく,それが私の誇りだ.砂と灰にまみれ,地位を手に入れるために穢れた私とは違って,綺麗なままでいてほしい.いや,私が最後までセリアを守り続けるのだ.この手に固めた意志は熱く燃えている.服を来たセリアは少しすねた様子だった.


「でも御姉様,身の回りのことくらい私一人でできます」

「いやだめだ.ここらに何が潜んでいるか分からないからな」

「見られたくないことだってあるんです!」


 初めて来たこの大地は,新しいものが眼前に広がっている.セリアをここに連れてきて正解だった.我が国の未来が広がっているように感じた.


「隊長! 報告します!」

「何事だ?!」

「東に別の国の遠征隊がいるとの報告が.その数なんと500ほどと言われています」

「了解した.急いで情報を集めろ,作戦会議を開く」

「はっ!」


 500……こちらと同様の目的だろうか? そうであるならば交渉で解決したいものだ.それにしても,我が国以外にもこのタイミングで遠征させられる国があるのは意外だった.


「侵略目的とみられ,現在は西に向けて装備を運搬しています」

「本隊はさらに東にあると思われます」

「なるほど,では私含め二十人と奴隷も同数連れて交渉に向かう」

「隊長が向かうのは危険では? 使者を別で用意した方がいいかと」

「いや,リスクが高いからこそ私でなければ務まらん.誠意を見せるという意味もある,我々の退路を断てる位置に相手がいることが厄介だ.万一のことがあっても私なら全員を無事に帰すことができる」

「しかし御姉様」

「──隊長だ.余計な口を挟むなセリア」

「はい…….申し訳ありません」

「ノエ,お前はどう考える?」


 話を振った先で,その男はわなわなと震えながら不気味な笑みを浮かべて呟いていた.


「お早いお着きで……!! 運命が,動き出している……!!」

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