第三章 戦争編
第21話 戦争的エッセンス
争いは主張を認めさせるための行為だ.人はその主張を正義と呼ぶ.子供の喧嘩,派閥の奪い合い,国家間の戦争.すべては正義を押し通すための試練であり仕事と言える.人を殺すのはもちろん傷つけること自体にもやる気が必要だし,自身が傷つくのにも覚悟と意志が必要だ.自分の主張を正しいと信じなければ争いは起こらない.
どちらかが諦めれば普通は終わるものだ.それでも終わらないのなら,存在すること自体が相手の正義に反するということ.悪魔は常に悪であり忌むべき者.俺も肯定する.
数万年,思えば長い月日が経っているが,過ぎてしまえばなんてことはない.リーユという少女を殺した後も,数千年単位で数名の天使と出会い
──全員殺した.
「悪魔じゃ.悪魔が神の預言者を殺したんじゃ」
「人間とはとても呼べない化物だ.間違いなくあれは悪魔だよ」
各地で人々は天使の魂を奪う俺を絵や文書に残した.記憶に残りずらいのか文明の問題なのか,幸いなことに,その姿は千差万別だ.角と翼の生えた悪魔としてや血を吸う鬼としてなどと,俺でも会いたくない姿で記されることもよくあった.天使に選ばれた人間には同情しているし申し訳なさも感じている.だが,放置すれば間違いなくどこかで神に主導権を奪われるのだ.その前に決着をつけるのが正しいとするのが俺の主張.悪魔的な考えだ.当然人を殺すことは罪であり,それを犯してきた俺が忌むべき存在であることも認める.だが俺が神に消されれば,きっとこの文明は終わらせられる.神にとって人間は力の媒介に過ぎず,残しておく方がリスクだろう.俺一人が悪魔として数千年に一度哀れな人間を葬ることで世界が続くのなら,喜んでそうしよう.いつから俺は人類に,そこまでの愛着を持っていたのだろうか.
一つ不可思議な点がある.天使の発生するタイミングと場所だ.俺を構成する生命エネルギーが時代を経て溶けてゆき,ある一定ラインを下回ると天使が現れる.それも俺の近辺で,まるで自身の回収した生命エネルギーを悪魔に捧げるように.おかげで長生き(生きていると言えるかは微妙だが)できるのだが.これが策略ならすでに嵌っているな.
「こんにちはこんにちは悪魔さん.僕と一緒に未来を考えませんか?」
TPOをすべて無視した狩衣を着た細身の男が,怪しい宗教勧誘のような挨拶を携えて俺の前に現れた.ここは未開の新大陸だぞ?
「悪魔とは何のことでしょうか? 私は見ての通り居場所を求めて荒野を旅するただの人間ですよ」
「こんな砂ばかりで何もない場所に,人が一人で生きていく上で必要なものが揃うとは僕には思えませんが」
「そういうあなたこそ,そんな動きにくくて汚れやすい服でこんな場所まで来る理由が分かりませんね」
「最初に言った通りです悪魔さん.貴方様を勧誘に来たのです」
俺を勧誘? 俺の居場所が分かっただけでも異常だが,こいつは天使か? 手を組もうだなんて,見え透いた罠を神が計画したとは考えられないが.むしろ俺を崇拝している節も感じ取れるくらいだ.
「この場所はどうやって?」
「占ったんです.陰陽道で」
本当に,なんでこんなやつがこんなところにいるんだよ.
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