第16話 悲劇的フォークテイル

 天使の話で齟齬があるな.便利解説キャラの伊吹いぶきさんにでも聞いてみるか.


「ひゃっ!! 何するんだお前!!」


 あれ? 手を握ってもあいつは出てこないな.輪か翼を触ったらいけるか? そういえば翼の付け根ってどうなってるんだろ

 ──10mくらい殴り飛ばされた.天使の力ってすごいな.それでも伊吹は出てこなかった.


「悪い,魔が差した.さっきの話の続きをしよう」

「次やったら埋める」

「それで,天使ってのは魂をすべて回収するもんだと思ってたけど,集め損ねてない?」

「ある時からそうなんだよ.何かきっかけがあったわけでもなく,回収したはずの人が中身だけ残してそこにいるんだ.」


 本人にも分からないのか,未知の力を思い通りに扱えていない上にそれでも使い続ける事のどれほど危険なことか.こういうところもつくづく近視眼的な原始人だな.


「回収した人の魂は元には戻せないんだろ? 回収しきれていないのに,救済だとか無責任なことするなよ」

「お前に何が分かるんだょ……」


 そう呟くや否や,突然大きな粒の涙をぽろぽろこぼしながら啜り泣き始めた.悪いことを言ったつもりではなかったが,子供を泣かしている自分はまさしく悪魔だなと罪悪感に苛まれる.


「ごめん.なんでそうなってのか教えてくれるかな?」

「みんな苦しそうにしてたんだ……」

「事故でもあったの?」

「いや,病気だ.ある村の男の妻と娘から始まって,まるで何かに取り憑かれているかのように苦しみ出したんだ.背中の痛みと血を吐いたりもしていた」

「それって──」

「あれから考える時間はあった.はじめは本気で悪魔のせいだと思っていたけど,村に来た男から病が広がったんだろう.アタシが神の真似事なんてしなければ,こんなことにはならなかった.誰も犠牲にならなくてよかったのに……」


 再び泣き始めたリーユの背中をさする.この時代の流行り病はたいてい治す術はない.家族で看取る以外に苦しませない選択肢があるなら縋ってしまうだろう.それこそ悪魔の囁きだ.


「村のみんなは救ってもらって良かったって思ってるよ」


 レオが真っ直ぐにリーユを見てそう言った.俺は席を外した方が良いかもな.


「少し散歩でもしてくるよ」


 我ながら酷い芝居セリフを残して,建物の裏の方に行ってみることにした.いつの間にか天使の輪と翼は消え,夕焼けの中で涙を流すその姿は,村に取り残されたか弱い少女にしか見えなかった.


「レオ,ごめん.苦しくても頑張れるなんて無責任だったね.アタシも,もう頑張れないや……」

「リー姉は頑張ったよ.もう頑張らなくても誰も責めないよ」

「ありがとう,レオ.でも必ずみんなで,幸せになろう」

「うん」


 その時,ザッザッと大勢の足音が村の入口からこちらの方へ向かってきた.アタシはその音の方を向くと,思わず驚きの声をこぼした.


「村長……なのか?」


 確かに村人全員を回収した時にいなかったのを思い出した.その顔は真っ直ぐアタシを見つめていた.

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