第12話 衝動的リベレーション

 十二歳のあの日,アタシは天使になった.


「レオ! まだ諦めちゃだめだ!」


 レオは生まれつき体が弱かった.苦しむあの子の手を握って励ますことしかアタシには出来なかった.小さな手はいつも少しひんやりとしていた.


「生きてることって大切なのかな?」

「大切さ.生きてさえいれば,苦しみの先に幸せになれる日が必ず来るんだ」

「あと何年で幸せになれるの?」

「もうすぐ……もうすぐで……」

「楽になるのに,幸せになるのに,こんなに苦しまなきゃいけないなら,楽でも幸せでもなくていいから,苦しくないところへ行きたい」

「大丈夫だ.アタシがずっと支えてる.苦しくても頑張れるようにアタシ頑張るからさ」

「リーねえまで苦しませなきゃ,オレって幸せになれないのかな?」

「そんなことない! レオのいない世界の方がアタシはもっと苦しい!」

「ありがと.でも,もう生きていることが頑張れないんだ……」


 アタシはレオを今まで頑張らせていたのか? 長生きさせることは本当に幸せに繋がるのか? 頑張れなくなったこの子の手を離さず握るのは望まれてるのか? すべてに疲れ切った眼をみて,アタシは励ます自分が正しいのか分からなくなってきた.だがそれでも,レオのいない世界の方が苦しいのは本当だ.生きて笑っていてほしい.元気に外を走り回ってほしい.何十年と生きられないとしても生きている間は幸せでいてほしい.


「たすけて……」


 心からの言葉だった.この世界の誰にもどうすることもできないことくらいアタシは知っている.誰かが助けてくれるほど都合のいいことなんて起こらないこともアタシは知っている.心から溢れた本音だった.


[助けてあげようか?]


 頭の中で誰かが答えた.アタシはその神と名乗る存在に縋った.


[救いの心を持って,深く息を吸い,吐く.そしてこう言うんだ.]


「[扶魄スペラ]」


 手を握っていたレオは光に包まれ,憔悴した顔が少し穏やかな表情になると同時に,アタシの中へ苦しみが流れ込んでくるのが分かった.周りにいた大人たちは驚きのあまり目を見開いて呆然としていた.首には天使の輪が,腰には小さな白い翼が出ているのに気づく.


「この子は天の使いだったんだ」

「レオが光に包まれて天に召されたんだ」

「ありがたや──」


 アタシは神と名乗る存在に縋り,レオを苦しみから解放させてあげられたのだろう.苦しみの多い肉体から解放してしまったのだろう.あの子を背負ってアタシは天使になった.詳しい仕組みは分からないが,レオの生命エネルギーだけは一定範囲でなら自由に動かせる.もちろんアタシにしか見えないはずだ.そう思っていた.

 いつものように好きに遊ばせていたレオが,村の外から男を連れてきた.その男こそ悪魔だった.

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