第10話 古豪的ディジーズ

 どれだけ歩いても疲れがみえない.終始素足であったが元より足の感覚はなく,枝や岩を何も思わず踏んでいった.生前の肉体がある程度優秀に進化してきたとはいえ,ほとんど動かず暮らしてきた人間の為せるものではないだろう.目の前のレオという少年も疲れ知らずといった具合で元気にスタスタ歩いている.

 死んではいないと先ほど言われたが,確かに天使に救いを求めるなら生前か地獄ぐらいだろう.とはいえ原始的な風貌から察するに,後者の場合は原始以後のほとんどの人類は天国に行ったことになるが,どう考えても逆である.生きてるだけで環境破壊になる時代の人間がどれだけ善行を積んでも地獄に行ったというなら納得がいく.まあ,そもそもの神の価値観が人間と違うことも大いにあり得るが.仮にここが天国でも『救い』という表現にはならないだろう.そうなると生前の世界という選択肢が残るが,時代を遡ったか別世界へ転位したかとみるのが妥当か? この身体が明らかに普通でないことから別世界というのが有力だ.目の前の男の手足にヒビはないが,俺がそういう種族に転生したという可能性もある.


「あの,手を出してくれませんか?」

「なんだ急に? 預かってほしいものでもあるのか?」


 手を触ったが,硬さはない.どこからどう見ても私の知る人間の手だ.やはり素直にこのヒビを見せるべきか? だが種族が違うとなると変な地雷を踏む可能性もあるからな.黙って情報を集めるのが無難か.


「なんだお前? オレの手に何かあるってのかよ.気持ち悪いな」

「いえ,柔らかいなと」

「そういう趣味なら他を当たってくれ」

「ああっと,違いまして,私の手がやたら硬いので気になりまして」

「さっきもその話してたが,手足が硬けりゃ狩りで怪我しなくて良さそうだな」

「狩りというのは,クマとかを捕まえるんですか?」

「まあ,クマを捕まえる時もあるが基本はシカとか草を食べてるやつらだ.クマは危ねぇしな」

「確かにそうですね.死ぬかと思いました」

「逃げ切ったのか? 見かけによらずすげぇなあゆむ!」

「逃げたというより,運よく足が刺さったんですよね.この腰の毛皮になりました」

「本当に狩りに使えんじゃねぇか.死んでるなんてもったいねぇこと言わずにオレらの狩りに参加しないか?」

「考えておきます……」


 森を抜け,沢に突き当たった.これを遡ると村があるらしい.


「なああゆむ.さっきは遮っちまったが,なんでここに来たんだ?」

「それは……」


 話してもいいのだろうか.この子が悪い人間ではなさそうということは感じている.だが村に天使がいて魂を救済しているとなると,伊吹いぶきの言う通りに解釈するなら人間の魂を輪廻の輪から回収していることになる.それをこいつは知っていて黙認しているのか.それとも原理が違うのか.別の世界に来ても数億年で慢性化した職業病は治らないらしい.


「今は言えませんが,天使様に会って確かめたいことがあるのです」


俺は人類の管理人.死んでいないのなら,見届ける義務がある.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る