第09話 奇襲的コミュニケーション

 死を永眠とは言うが,こうも眠くならないとは思わなかった.この世界でも太陽は昇ってくるのかと感心しながら干していた毛皮を切って腰に巻き,ひび割れた部分にはクマの血を塗っておいた.鏡がないからよく分からないが多分捕まったりはしないだろう.今日は誰かに会えるだろうか.幸いクマに襲われてからは特に問題はなく,何も食べずとも腹はすかず転びはするが全く無傷だった.


「お前,ここの者じゃねぇよな?」


 突然の声掛けに思わず飛びのいてしまった.出会いは不意打ちと誰かが言っていたが,俺にとって伊吹いぶき以外の声は衝撃そのものである.声の主は10歳かそこらの少年だった.ここに来てから自分の情けなさが露呈しすぎている気がする.


「ええ,ここには昨日来たばかりでして」

「行商の方か? オレの村に寄ってかねぇか?」

「商業なんてやってるんですね.地球とほとんど変わらなさそうだ」

「地球? まあ,ついて来な」


 生前に色々な言語を習得してきたが,この言語は聞いたことがない.ただ奇跡的にニュアンスは伝わったので,近しい言語で返したら通じてしまった.数億年の経験が活きてきたな.さらに言えば相手の服装も毛皮だったので違和感を与えずに済んだ.死者が来るというだけあって天国は文明が遅れているのだろうか? いや,それにしては遅れすぎだろ.


「そういえばあんた,名前は?」

あゆむと言います.上の名前はありません」

「名前に上も下もないだろう.オレはレオって言うんだ!」

「よろしくお願いします,レオさん」

「オレに変な敬称はつけねぇでいいよ.ところで行商だと思ってたが,荷物も持たねぇで来たってことは,目的だったりするのか?」

「参拝?」

「違ぇのか? 天使リーユ様に魂の救いを求めに来たんじゃ?」


 天使……魂……あいつの話が鮮明に思い出されるワードだ.あの世でそう言われたってことは本当な気がしてきた.だが,あいつはなぜ知っていたんだ? さらに言えば,あいつ自身が天使を名乗っていたが,それも真実だとしたら何者なんだ?


「あの世まで来て救いだなんて,ずいぶん救いのない構造してますね.なんでか理解できちゃうんですが」

「さっきから地球だのあの世だの意味の分からねぇことを言ってるが,すでに幻でも見てるのか?」

「ここは死後の世界ってやつじゃないんですか?」

「もう死んだ気でいるのか? 幸いなことに,あんたはまだ生きてるよ.」


 生きてる? そんなはずはない.


「私の肌って死んだ後の人間っぽいというか,岩みたいに硬いんですよ」

「そういうやつもいるんじゃねぇの?」

「でも,ヒビが入っていて──」

「グチグチうるせぇな! そんな死にてぇなら勝手に死んでろ! 救われてぇなら黙ってついてこい!」

「すみません」


 怒らせてしまった.孫に叱られるおじいちゃんってこんな気分なのかな? ここがどこだろうと,コミュニケーションのリハビリはしなくてはな.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る