第07話 緩慢的ディストラクション

 暖かな日々が続いていたと思っていたが,葉が落ち始めるとともに地上の熱も散っていった.アタシは落ち葉を踏みながら森を歩く.この小さかった村は,天使の噂で周りの村を吸収しながら少しずつ大きくなり,二十一人だった人口はおそらく百を超えただろう.アタシに救いを求めに外から来る人も増えていた.

 誰も死なない世界を作れたら,人は何もしなくなるだろう.誰もが同じだけ人生を謳歌する世界を作れたら,人は何もしなくなるだろう.人が人であるためには,いつ何が起きるか分からない世界でなければならない.毎日食べて寝て働くのは,いつか起きる何かに備えるためといえる.自ずと不平等でなければならず,不幸な側に立たされた人は人の上に立つ存在に助けてくれと懇願する.アタシを含めて人は神になれない,不平等に生まれた我々は平等になれない.だが,それでも救えるだけの人々くらいは不平等にでも救いたいとアタシは思っている.


「よっ,元気してるか天使様?」

「おかげ様で.そっちこそ機嫌がいいじゃねえか」

「喜べ! 今年は木の実がすべての種で大量に実っていたんだ.冬は全員で越せるかもしれないぞ」

「おお,よかったな.森の恵みに感謝だな」


 毛皮をまとった少年が自慢げに報告してきた.こいつはレオ,元の村で弟のように可愛がっていたやつだ.あと数年で村の男たちと狩りに行くのだろうが,それまでは採集班として山に出かけているらしい.アタシもこの天使の力を手に入れるまでは木の実を採って生活していた……これから先もこんな世界が続くと思っていたんだがな.


「どうしたんだよリーねえ? 何か嫌なことでもあったのか?」

「なんでもない」

「でもまあ,死にたがる奴らの相手なんてしてりゃあ暗くもなるか.これ以上暗い顔なんてしてたら,しなしな天使って呼ぶぞ」

「うるさいやい.甘えん坊レオちゃんのクセに」

「もうすぐオレも一人前だい! 引きこもり天使はしなしなになっちゃえ!」


 そういってクソガキは走っていった.大天使リーユ様に悪口言ったこと覚えとけよ.だが今日はそんなことよりも気になることがあった.先日回収した男は妻と娘が病で死んだと言っていたが,魂の記憶から見たその病状はアタシの知るものとは明らかに違っていた.時折血の混じった痰を吐きながら背中の痛みを訴える二人はまるで,悪魔に取り憑かれたような苦しみ方をしていた.


「やはり,そうなのだな……」


 神はアタシに,悪魔には気をつけろと言った.

 神はアタシに,世界が滅ぶとそう言ったのだ.

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