第二章 原始編

第06話 原始的オファリング

 人生が平等でないことくらい,アタシも知っている.背の高い者と低い者がいれば見える世界は不平等,足の速い者と遅い者がいれば進む世界は不平等,長く生きる者と生きられない者がいれば出会う世界は不平等.幸せな者がいれば不幸せな者もいる.誰もが幸せになることは出来ない.だから不幸せな者は他人の幸せや不幸を見て,自分の不幸が一番まともになる食べ合わせを考える.

 神に跪く者が救われていないことくらい,アタシも知っている.救われていると分かっていれば,自分の全てを差し出しながら頭を地面につけたりはしない.救われない現状を分かっていて救ってほしいからこうべを垂れる.神は全員を救わない.

 この小さな村で崇拝されるアタシは,全員の幸せを奪い取って生きている.アタシは神じゃない,だから目の前の人たちだけでも全員救うことがアタシのやるべきことだと思った.


「天使様,天使リーユ様,わたくしめの魂をお救いいただけないでしょうか.私はこの土地で数え切れぬ月日をかけて狩りの道具をつくり,家を手に入れ,一人前となって家族を持つまでになりました.しかし,共に暮らしてきた妻と娘は病で死に,私がこれ以上生きる意味を失いました.どうかこの私を二人の元へ連れて行ってほしいのです」


 日が傾きはじめ赤く照らされた部屋の中で,男は死んだ目で跪く.それは無理だと言いたいところだが,伝えたところでこの男は自ら命を絶つだろう.アタシにできることは魂の回収ぐらいで,すでに死んだ人間の魂は崩壊し世界に溶ける.目の前のこいつも魂の中身がほぼなくなりかけているし,外の殻も随分と壊れかけている,おそらく何日も食べていないのだろう.


「そうか,なんと家族想いなやつだ.その魂,我が救ってやろうぞ」

「ああ,なんと慈悲深い……ありがとうございます」


 そう言って跪く男の前までアタシは立ち上がり歩み寄る.天使の姿になり少し腰を落として手をかざす.首の周りに浮いた輪が薄く白く光り,アタシの顔を胡散臭く照らした.腰から生える翼は魂を集めるたびに大きくなっている気がする.ボサボサに伸びた赤毛が天使の姿と致命的に似合っていない.


「そなたよ,心残りはないか?」

「はい.天使様にお救いいただいたこと,来世でも忘れません」

「……そうか」


 深く息を吸い,ゆっくり吐く.


「リーユ様,お食事の用意が整いました」

「分かった,今行く」


 あの男には来世など来ない.だが絶望の中で死ぬくらいなら,アタシがその苦しみを背負って生きていこう.一人の人間を存在ごと消した両手を見てアタシは誓う.輪と翼をしまい,部屋を後にした.

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