第05話 運命的ノスタルジア

 俺が神だか天使だかに救われる気がないことを伝えてから,伊吹いぶきは素直に引き下がった.なんだか落ち着いたようだし,久しぶりに他愛もない話でもするか.ジジイとババアらしく.細胞分裂が遅すぎて見た目が二十歳ないくらいなんだよな…… そういう俺も,ほぼ同い年なのは伏せておこう.

 お互い冗談を交わしながら,施設を散歩することにした.地下シェルターとはいえ,建設当初は地上にもそれなりの高さがあったはずだが,登っても登っても地上にはつかない.すっかり灰と砂に埋もれてしまっていた.おそらくこの近辺はまともに生物もいないだろう.太陽光ではなく地熱発電を選んだのは正解だったようだ.こんなに長持ちしてしまって,ちくしょう.


「数百人いた時は暮らしらしい暮らしをしてたと思うんだけどね」

「久々にベッドで寝てみようかな? 永遠に起きなかったりして」

「その時は,魂とっちゃうからね」

「なんか天使っていうより死神みたいだな」

「役割的には確かに言えてる.なんなら人類を滅ぼす悪魔だよね」

「伊吹は悪くねぇだろ.電脳世界でも愚かな人類のせいだ」

「天使が人々を裁いてもいいのかな?」

「いいと思うぜ.裁かれて地獄行きのあいつらはちゃんと俺が見とくから」

「それってあゆむが悪魔みたいじゃん.悪くはないけど」

「俺は悪い奴なのさ.電脳世界の戦争を止めるどころか気付きもしなかった」

「形のない戦争は気付かないし止められない.心の中で悪口を言うのを止めれないように」

「名言かと思いきや,伊吹も共犯なんだよな」

「あ,バレた?」


 電脳世界で何が起きているのかを見ることはできないし,電脳人類に害でない限り管理者として外から止めることはしない.もし本当に神を敵に回したのなら,俺も共に裁かれよう.

 最上階への階段を登ると,一面を囲う特殊再生強化ガラスの元展望台の窓が,天国のように青白く光っていた.まだ腰から上の部分は埋もれていなかった.


「外だ」


 思わず脱獄囚のようなことをつぶやいてしまった.砂漠の向こうに四足歩行の生物らしきものが見える.すっかり遠くが見えずらくなってしまったが,人間以外の動物を観測する日が来るとは思わなかった.その時だった.


「そろそろ時間みたい」


 伊吹がそうつぶやくと,青かった空が一瞬白く光った後,まるで子供の帰りを知らせる夕焼けのような戦争の記憶を呼び覚ますよな,そんな橙色に染まる.それと同時に,骨の髄が震えるような振動が伝わってきた.


「嘘だろ」


 隕石が落ちてきた.


 ガラスが赤白く蜘蛛くもり,遠くの地面から順に空へ打ち上げられていくのを肌で感じた.もうじき来る.笑い飛ばしていたことが現実になった驚きもさることながら,自分自身の死に恐怖していることにも驚いた.伊吹が手を握った.


「歩,私を灰の中から助けてくれてありがとう! 何億年も一緒にいてくれてありがとう! 最後に話を聴いてくれてありがとう! きっと幸せな来世が待ってる.幸せになるように,何億年も見守るから!!」


 ああ,そうだった.こいつは俺の……


 隕石は地上に対し約50度の角度で衝突し,人類の文明を根こそぎ消し飛ばした後,地表を凍結させた.──はずだった.破壊・放出された電脳人類の莫大な生命エネルギーを至近距離で浴びた一人の人間が,循環する運命のひずみから,宇宙の原理を捻じ曲げる存在となった.

 

 [悪魔の誕生だ]

 

 [新文明では白亜紀と呼ばれる,そんな時代の話だった]

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