「そんな人」はいる

 ひとつの製品が完成し発売されるまでには、製品の規模によっては数か月、年単位の付き合いになる。長く付き合っていると、製品の扱いかたに慣れてくるものだ。はじめて製品をさわったときのたどたどしさはなくなり、上手に扱えるようになる。上手になるには、日々の積み重ねがいかに大切かを仕事をとおして実感する。しかし、熟練するほどに見えなくなってしまうものもある。このときに忘れがちなのが、誰しもはじめてさわるときは上手でない、ということだ。

 あるときわたしは、先輩スタッフとこんな話をした。わたしは製品を使い始めたばかりで、初歩的なところでつまづいていた。仕様をうまく理解できず、何度やっても次のステップへ進めない。製品の扱いが下手だったのだ。どれほど下手でも必ず次へ進められるような配慮は、どこにもなかった。自分の情けなさを感じながら、その製品の品質管理を担当した先輩スタッフに「ここがうまく進められないのですが」と話すと、彼はこう言った。『そこでつまづく人がいるとは思わなかった』と。

「そんな人」を想像しきるのは難しい。目の前にいてくれればよいのだが、いないのだからしかたがない。一度上手になってしまうと、下手を演じるのは困難だ。「そんな人」を切り捨てるのはとても容易い。しかし、製品を多くの人から手に取ってもらい、たくさんの人にしあわせを届けるには、「そんな人がいるかもしれない」と強くイメージする必要がある。それは、品質管理を仕事にする者の使命といってもいい。

 品質管理は、開発の輪の中でお客さまにもっとも近いところにいる。「そんな人」をもっとも理解できるのは、品質管理に身を置く者をおいてほかにない。品質管理をするうえで、初心者や上手にできない人への心配りはとても重要なスキルだ。そんな人のためにできることを、どうかさがし抜いてほしい。あなたが思いもよらない「そんな人」は、この世のどこかに必ず存在する。そんな人たちは、あなたの配慮に期待している。そんな人たちを想い、配慮の行き届いた製品で市場を満たせたのなら、こんなにすばらしいことはない。

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