第33話 「呪い」

「の……、呪い⁉」

 突然発せられた衝撃の言葉に、ライサは顔を青くした。ニーナもその後ろにいるロジオンも、どこか苦しげな顔をしてこちらを見つめている。


「昔はよくあったんだよ。私たちは狩った魔物の素材を使って魔法具を作っているだろう? 魔物への感謝を忘れて命を粗末に扱ったり、彼らの縄張りへ必要以上に踏み込んだりすると、彼らから『呪い』を受ける。呪いを受けた村や人は、酷く苦しんで滅びてしまったそうだよ」

 予想外の話に、ライサは絶句する。

 やはり自分たちが相手にしているのは『魔』物と呼ばれる存在なのだ。恐ろしくなってきて、ライサは思わず自分の両肩を抱いた。


「だから、当時のおさは魔法具職人たちを集め、シャトゥカナルから離れた場所に村を作ったんだ。万が一呪いを受けてしまった時、国全体を巻き込んでしまわないように。それからこの村は、常に魔物への感謝を忘れないことを鉄の掟としたんだ」


「安心して良いぞ、ライサちゃん。スノダールの職人たちはちゃあーんと村の掟を守っている。もちろん今まで『呪い』を受けたことなんかねぇし、近隣の村は全て同じように魔物への感謝を忘れねぇようにしてる。呪いで村が滅びるなんて悲劇は、もう起きねぇよ」

 昔の話さ。

 そう言って、ロジオンはライサに優しく微笑んだ。ニーナはロジオンに同意するように、深く頷く。


「そうだね。まぁ、そういう歴史があって、魔法具職人はシャトゥカナルの外にいるってところだけ覚えておいてくれれば良いよ。国王陛下はその歴史もご存じだし、シャトゥカナルの財源のほとんどはスノダールの魔法具ってところもちゃんと認めて、できる限り尊重して下さっているよ。だから、国王陛下のことを悪く言う必要はないんだよ」


「そう、だったんですね。何も知らないのに、私ったら失礼なことを言ってしまいました。……申し訳ございません」

 ライサは背中を丸めて、俯き縮こまる。気にするなとばかり、ザックがライサの肩を軽く叩く。同意するようにニーナも笑顔を見せた。


「気にしないでおくれ。ザックも言ってたが、私らのことを思って言ってくれたんだろう? ありがとうね。でもまぁ、そんな歴史がなくても、うちの村人たちはシャトゥカナルのために動いただろうよ。何せ、底抜けなお人好しと困難があればあるほど燃える、厄介な奴らが集まっているからねぇ」


「お前を筆頭に、な。本当に、お前さんが一番面倒な――いてぇ‼」

 ロジオンの肩を、ニーナが軽く拳で小突いた。見た目よりもずっと重たい音が響く。

「ニーナ! 殴るこたねぇだろうがよ」

「うるさいね。どうでも良いことを喋る暇があるなら、何でもいいから案を出しな!」


 大げさに痛がるロジオンとニーナのやりとりは、どこか仲睦まじくて微笑ましい。ライサは思わず吹き出してしまった。

 声を上げて笑って、ライサはふと顔を上げる。ザックが何故か、眩しいものを見るように目を細めてニーナたちを見つめていた。






「どうだ、やってるか?」

 ニーナ村長の家に隣接する、村人共有の工房に、ロジオンが入ってきた。

「うおっ熱っ⁉ なんじゃいこりゃ⁉」

 途端、彼は体をのけ反らせて悲鳴を上げた。


「ありったけの、炎の効果を持つ魔核を割って『北方粘魔虫ほっぽうでんまちゅう』の体液で練り混ぜる。そしてさらに、連れ添った番の力を何倍にも増すと言われている、『双助妻鳥そうじょさいちょう』の魔核を埋め込んだ補助魔法具を組み合わせて、この場にできる限りの熱を発生させてみたのよぉ! これで炎龍の魔核の代わりにならないかしら?」


 村人の一人が得意気な顔をして言う。

 巨大な鍋の形をした補助魔法具の周りは、水分を多く含んだ熱気で空気が揺らいでいる。ぐつぐつと紫色に泡立つ中身は、魔女の怪しい呪術のようだ。なんだか何とも言えない香りも漂ってくる。

 胸を張る彼女に、ロジオンは口元を引きつらせながら口を開く。


「あー、まぁ熱量としてはかなり良い線言っているとは思うが、この熱を国全体に行き渡らせるとなると、まだ足りないだろうな。しかもこれじゃあ、一番近くにお住いの国王陛下が熱くてついでに臭くてぶっ倒れちまうぞ? ……しかもオイ⁉ 脇に立てかけた鍋の蓋が、溶けかかってるじゃねぇか⁉」


「あら本当。んー、まだ改良が必要ね」

 渋々、と言った様子で、彼女は試作品の魔法具の機能を止めて、鍋に蓋をした。

 助かった、と同じ空間にいたライサたちはホッと息を吐く。


「ああ、そうだロジオン。ワシは『氷透獅子クリスタルライオン』のたてがみを集めて外套を作ってみたんだが、どうだ? これを門番や騎士団の方々に着てもらって、その権威を利用してどうにか都市の守護にならないかね?」

 すかさず、別の村人がロジオンに向かって魔法具を差し出す。魔法具と言うより、見た目はただの藁の塊と言った様子だ。


「別の意味で威圧感はあるかもしれねぇが、それで退いてくれるのは一部の低級の魔物くらいだろうな。何より、もさもさしていて見た目が落ちつかねぇよ。どっからどう見ても、手触りが最悪だろう? いざという時にそんなもさもさした見た目じゃろくに動けねぇ。というかお前ら、ちったぁ真面目に考えろ!」

 ロジオンが思わず、といった調子で足を踏み鳴らすと、部屋の中は一瞬シンと静まり返った。


「失礼しちゃうわ、私たちは真面目よ」

「荒唐無稽なことでも、やってみなけりゃ分からねぇだろうがよ。意外なことがヒントになるってこともあるしな」

「……そうだな、すまん大声出して。ライサちゃんもびっくりさせてすまねぇな」

 ロジオンの謝罪に、ライサは慌てて首を横に振る。

「私はその、見ていることしかできませんから。むしろ、皆さんが色々思いつかれていてすごいです」


 シャトゥカナルの危機を知らされてから、既に一週間が経っている。スノダールの職人たちは、毎日夜遅くまで対策を練って試行錯誤を続けていた。

 知識も技術も乏しいライサは、それでも何か力になりたいと、村人たちに飲み物を入れたり食事を作ったりと、度々工房を訪れていた。


 ザックは村の男たち数人に連れられて、材料となる魔物を狩りに出かけている。彼もシャトゥカナルのことが心配なのだろう。最近どことなく元気がなかった。他の人たちが着いていてくれるから大丈夫だとは思うが、万全でない状態で魔物狩りなど大丈夫なのだろうか。

 ライサがザックの顔を思い浮かべていると、壁に背を預けていたニーナが重い口を開いた。


「分かってはいたけど、そう簡単に解決はしないようだね。春呼夜祭はるよびのよるまつりの時期も近づいてきたし、どうしたもんかねぇ」

 ニーナ村長は眉間に皺を寄せ、腕組みをする。普段よりも深い皺が目立つ顔は、彼女の心労がそのまま表れているようだ。ライサの心も、チクリと痛みを覚える。


「春呼夜祭は、ギリギリまで延期にしたいところだけど、中止にするわけにはいかねぇだろう? それこそ、『呪い』のことがある」

 ロジオンの言葉に、ニーナは分かっているよとため息交じりに頷く。


「ライサ。薄鱗蒼紅樹はくりんそうくじゅの様子はどうだい?」

「え、はい。順調に育っていると思います」

 ライサは、今朝見た薄鱗蒼紅樹の様子を思い出しながら告げる。ニーナは頷くと、ライサの下へ近づいてきた。


「ライサ。ザックにも伝えておくれ。二人は薄鱗蒼紅樹の花が咲き次第、儀式で使う祭具の制作にとりかかってほしいんだ。こっちのことは心配しなくていいからね」

 え、とライサが小さく声をこぼすと、ロジオンや他の村人たちがニーナに同意するように声を上げた。


「そうだな。シャトゥカナルのことも心配だろうが、祭りは祭りで大切だ。後夜祭だけ延期にするって方法がなくもねぇが、祭事用の道具は先に作っておくに越したことはないわな」

 ロジオンがそう言って表情を和らげる。


 一瞬ためらったが、ライサは大人しく口を閉じた。ここで手伝いを申し出たところで、自分にできることはないのだ。

 それに、祭りも村にとって非常に重要なことなのだから。


「分かりました。ザックにも伝えておきます」

「ああ、よろしく頼むよ」

 ニーナたちに一礼すると、ライサは後ろ髪を引かれながらも工房を後にした。

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