第18話 嫁入り道具が作れない!?
タチアナ嬢の嫁入り道具作りは、まず素材選びから始まった。婚礼というめでたい行事に使われるものであるし、向こうからお金はいくらかけても良いという許可ももらっている。希少性が高く見目のよいものをと、村の皆も張り切っていた。
村に元々あった材料と、使いたい素材をいくつか挙げ、手分けして収集を始めたのである。
「ただいま!
「そうね。後、二日間出会えなかったら、ニーナ村長さんにも相談してみましょう」
狩人として腕が良く、体力もあるザックは、専ら素材となる魔物を狩って回っていた。ライサは村人から渡された一覧を見ながら、彼が集めたものと未だに集めきれていないものを照らし合わせる。
ライサたちが集めている素材は、主に寝具や婚礼に羽織るマントに使うものだ。ベッドや箪笥などは魔法効果よりも材質にこだわることにしたようで、強くてしなやかで木目も美しい
依頼を受けてから、およそが一週間経つ。そろそろ家具の材料はそろった頃だろうか。
ライサは、スノダールの職人たちに見せてもらった箪笥や鏡台、ベッド、婚礼マントのデザイン画を思い出す。凝った彫刻の施された箪笥や美しいロイヤルブルーに染められるマントなど、思い浮かべるだけで彼女の胸を弾ませた。
できあがるのが、今から楽しみだ。
ライサが口元を緩ませていると、突然家の扉が弱々しくノックされた。木製の扉を微かに揺らしただけのそれは、規則正しく数回鳴らされるまで気がつかなかったほどである。
「誰かしら?」
ライサは首をかしげながらも、家の扉を開けに行く。
顔を見せたのは、顎に灰色の髭をたくわえた壮年の男性だ。スノダールの家具大工、ドミトリーである。
「助けてくれ、ライサ! わしはもう駄目だ! このままでは、依頼品を……完成させることができんのだ!」
「ええ!? ど、ドミトリーさん、一体どうしたんですか?」
噂をすれば、ではないが、彼は今回依頼された嫁入り道具の内、ベッドや箪笥などの家具を任されているはずだ。今ごろ他の家具大工たちと共に、工房にこもっているはずなのに。
ライサは戸惑いながらもドミトリーを家に招き入れ、ひとまず椅子に座るように促す。
「ライサ? お客さんか――って、え、ドミトリーのじいちゃん? なんで?」
「おお、ザックか。ちょうど良い、お前も話を聞いてくれぇ……」
顔を見せたザックに、ドミトリーはすがるような眼差しを向ける。
背中を丸めて肩を落とした彼の姿は、ザックと比べると余計に小さく見えてしまう。巨人と小人のようだ。
普段のドミトリーは、職人としての気概のある頼れる人物である。やはり、余程のことがあったのだろうか。
「とにかく事情を聞かせてください。何があったんですか? しかも、それを私たちに相談だなんて」
ドミトリーは椅子に座って、ライサの出したお茶を一口飲み込む。そして向かいに座ったこちらを見上げると、机に突っ伏して叫んだ。
「ご令嬢が、依頼人のご令嬢が……わしの作品を『可愛くない』と言うんだ!!」
「……はぃ?」
ライサは声を裏返らせ、首をかしげる。
「三日ほど前か、依頼人にデザイン画を送ったんだ。複数の案を出して、この中から好きなものを選んでくれと。ところが、
涙声で訴えるドミトリーを前に、戸惑ったライサは自身の両手の指を意味もなく絡める。
「ええっと、ご令嬢にどんなものが良いか具体的に示していただくとか……」
「わしもそう思って聞いてみたんだ! しかし、何を聞いても『もっとこう、ババーンぎゅわーんって感じですわ』とか『きらきらしゅわ~みたいな雰囲気でお願いいたしますわ』とかで、さっぱり要領を得ん! もっと詳しく聞こうとすると、向こうも面倒になってしまったのか、『このくらいのことが分からないなんて、スノダールの職人さんも大したことございませんのね』なんて言ってくる始末!!」
わしの心は薄氷のようにバキバキだ。ドミトリーは両手で顔を覆って嘆き始める。
ライサは、ご令嬢に怒れば良いのかドミトリーに同情すれば良いのか、困ってしまい隣のザックを見上げた。
ザックは苦笑すると、ライサにそっと耳打ちする。
「ドミトリーのじいちゃん。あんまりこう、依頼人としっかり話し合いをするとか、やってこなかったみたいだからな。『わしが作るものを好きな人だけ買ってくれれば良い』みたいな。慣れないことしたから、余計に堪えたのかもしれないな」
なるほど。ライサは納得しつつ、ドミトリーを一瞥した。その瞬間、彼と目が合う。
「頼むライサ! わしはもう若いモンの好みが分からん! 何か良い案を出してくれぇー!」
「ええ!?」
ドミトリーが、テーブルの上に紙の束を勢い良く置いた。それは、ベッドや箪笥などのデザイン画であるらしい。
ベッドで言えばヘッドボードや脚、天幕付きかそうでないか、箪笥であればハンドルのデザインや材質を変えたものなど、デザイン画は数十種類もある。ドミトリーがどれだけ頭を悩ませたかがよく分かった。
しかし、ライサはそれらに目を通しながら、顔を曇らせる。
「その、申し訳ないのですが、私もご令嬢の好みや流りなんて分かりません。ドミトリーさんのデザインどれも素敵で、私だったらどれにしようかすごく迷ってしまうだろうなって」
「ライサ、お前良い子だなぁ! ……もう、あんなご令嬢に作るんじゃなくて、ライサに作ってやろうかな」
「ドミトリーさん!?」
真顔でとんでもないことを言い出したドミトリーに、ライサはぎょっと目を剥く。
二人のやり取りに、ザックも思わず苦笑いを浮かべている。
「ええっと、まぁ、近い内にライサのも作ってほしいところではあるんだけど。とにかく、あの人の好みを聞き出せないと先に進めないから困るよな」
「もう直接聞きに行った方が、早いんじゃないでしょうか? 今、タチアナ様たちはシャトゥカナルにいらっしゃるんですよね?」
さすがに、直接訪れたものを袖にはしないのではないだろうか。そう思っての発言だったのだが、ドミトリーは渋い顔をしている。
「その、それなら悪いんじゃが、ライサに聞きに行ってもらうことはできんか? 他にするべきこともあるし、正直わしはもうあのご令嬢と話ができる気がせんのだ。頼む! この通り!」
「え、私が……!?」
ドミトリーはそう言って、テーブルに額を擦り付けるようにして頭を下げてくる。
彼の気持ちは分からなくもない。
ただ、自分が行ったとして、果たしてタチアナ嬢は話をしてくれるだろうか。彼女から送られたあの冷たい視線を思うと、はっきり言って気は進まない。
どうしよう。ライサが承知しかねていると、ザックがじゃあと声を発した。
「お付きの家庭教師の人に話を聞いてみる、って言うのはどうかな? 側にいる人なら、ご令嬢の好みも知ってそうじゃないか?」
「それじゃ! ザックお前、たまに賢いな」
たまには余計だ。ザックはそう言いつつも、満更でもない表情をしている。
「では早速、このデザイン画を家庭教師の人宛に送って」
「あ、それなら」
ドミトリーの言葉を遮って、ライサは躊躇いがちに片手を上げる。
「早い方が良いでしょう? 私がデザイン画を持って、シャトゥカナルへ行ってきます。お互い手紙を書くのも大変でしょうし」
話をするのがタチアナ嬢ではないと分かった途端に行くというのは、どうかとも思いつつ、ライサはそう提案した。
ローズマリーに取り次いでもらえれば、直接タチアナの意見が聞けるかもしれない。あわよくば、タチアナが自分に向ける厳しい視線の訳も、分かったりしないだろうか。
ライサは僅かな期待を込めて頷いた。
「そうか行ってくれるんだな!? 恩に着るぞ、ライサ!」
その代わり、ライサの嫁入り道具はわしの職人史上最高の品を用意するぞ。
ドミトリーは血色の戻った頬を緩ませ、どんと胸を叩いた。
「ライサ、本当に良いのか? 俺も着いて行こうか」
「大丈夫よ。貴方は狩りに集中してて。私はシャトゥカナル出身だから少しは土地勘もあるし、役に立てると思うわ」
心配そうに自分を見下ろすザックに、ライサはそう言って微笑んで見せた。
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