第17話 訳ありな嫁入り
突然の訪問にも関わらずニーナたちは商談を開くことを了承してくれた。夜も遅いしお客様方をそのまま追い返すのも気が引けたたのだろう。
村長宅にある応接間で、村長であるニーナと夫のロジオン、そしてタチアナと彼女の家庭教師であるローズマリーが向かい合って座っている。
ちなみに案内した立場だからと、ザックとライサも壁際に控えて状況を見守っていた。
「なるほど。ムロツィフスキー家のご子息様と婚約を。それはおめでとうございます」
「ええ。シャトルカナルと我が都市ルースダリンとは、元々交易で友好的な関係を築かせていただいております。そのご縁もあって、この度シャトゥカナルのムロツィフスキー家と私がお従えするスカロヴィナ侯爵のお嬢様との婚姻がまとまったのです。そこで嫁入り道具が必要になりまして」
ムロツィフスキー家と言えば、シャトゥカナルで王族関係者や司教関係者に次ぐ力を持つ家だ。対するルースダリアは、山を一つ越えた先にある中規模都市だったはず。
シャトゥカナルと比べると温暖な気候を持つ土地で、こちらでは採れない貴重な野菜や果物などを輸出してもらっているはずだ。
ローズマリーは巻いた羊皮紙を取り出して目の前の卓上に広げる。ニーナはそれを手に取ると、老眼鏡をかけ真剣な眼差しで目を通し始めた。
「作っていただきたいのは、箪笥や鏡台、寝具、そして婚礼の際に身に羽織るマントなどです。婚礼衣装やアクセサリー類はこちらで持ってきたものがありますから、問題ございません。特殊な魔法効果はなくても結構ですが、婚礼に相応しいもの、またお嬢様はシャトゥカナルの皆様ほど寒さに慣れていませんので、温かく柔らかい素材のものをお願いいたします。納期は、
スノダールには家具大工も数名在籍している。三十名ほどの小さな村だが、少数精鋭で幅広い要望に応えられるようになっているのだ。
ニーナは羊皮紙から一瞬視線を外し、タチアナ嬢を一瞥する。軽く息を吐くと、隣のロジオンへ羊皮紙を手渡した。
「どうだい、ロジオン」
「そうだなぁ。幸い、今は大きな仕事もなくて職人の手は空いてる。他の奴らも手伝いに回ってもらえば、制作期間は一ヶ月半から二ヶ月ってところだ。ギリギリ間に合わせられそうだ」
「老骨に鞭打ってってところだね」
ロジオンの言葉に、ニーナがニヤリと笑う。
表情を引き締めると、彼女はタチアナたちに向き直った。
「この依頼お受けいたしましょう。ただし、ほとんどの職人が数ヶ月、この依頼につきっきりになります。料金はその分、上乗せさせていただくかもしれませんが」
「お金はいくらかかっても構いませんわ!」
「お嬢様」
すかさず話に割って入ってきたタチアナを、ローズマリーが諌めた。
不貞腐れたように口を尖らせるタチアナに、ニーナは苦笑を浮かべる。厳しそうに見えて、愛情深いニーナのことだ。きっとタチアナ嬢の子供っぽい態度のことも、ただ微笑ましく思っているのだろう。
「承知いたしました。では、改めて契約を」
ニーナは頷くと、タチアナたちに契約書らしきものを差し出し、サインを促した。ローズマリーが契約書に目を通して頷くと、タチアナが契約書にペンを走らせる。
「確かに」
契約は成立したようだ。ローズマリーとニーナ、ロジオンは厳かに礼を交わす。
「感謝いたします。婚礼までの期間、我々はシャトゥカナルの方に屋敷を手配していただいております。基本的にそちらにおりますので、何かありましたらご連絡を」
「ふふ、楽しみにしておりますわ! きっと最高の嫁入り道具を作ってくださるのでしょうね」
「スノダールの職人の技術を駆使して、最高のものができるように努力いたしますよ」
挑戦的なタチアナの言葉に、ニーナは口の端を持ち上げて微笑む。彼女はスノダールの村の職人の腕に、自信があるのだろう。
タチアナとローズマリーが立ち上がり、扉の方へ向かっていく。
とにかく、無事に話がまとまったようで良かった。制作に直接関わることはなくても、何か自分たちも手伝えることがあるだろう。忙しくなりそうだ、とライサは気を引き締める。
ふと、帰りかけていたはずのタチアナがこちらを振り返った。相変わらず、彼女がライサを見る瞳は値踏みするような冷たい光を湛えている。
「ところで、あの方達も職人さんですの?
「ああ。あの二人はなんというか、職人の卵というか見習いです。まだまだ勉強させていただいている最中でして」
「ふーん、そうですの……」
話を振ったのは彼女であるのに、タチアナの返事は気のないものだった。
出会ったばかりなのにどうも良い印象も持たれていない気がする。ライサの心臓が、針にさされたような痛みを覚えた。
「タチアナお嬢様。夜が更けてまいります。早く都市へ戻りましょう」
「スノダールから都市への道は魔法具の力で比較的安全になっております。ですが、どうか十分お気をつけて。よろしければ、うちの村の者に送らせますが」
ニーナの言葉に、ローズマリーは即座に首を横に振った。
「いいえ。護衛として腕の立つ者を連れてきておりますので、ご心配にはおよびませんわ。お心遣い感謝いたします。お嬢様の嫁入り道具の件、どうぞよろしくお願いいたします」
そしてタチアナたちは、村長宅から去っていった。吹雪が過ぎ去った後のように、しんと空間が静まり返る。
しばらく経ってから、ニーナがポツリと言葉をこぼした。
「あのご令嬢、訳アリかもしれないねぇ」
そうだな、とロジオンも顔を曇らせている。ライサとザックは思わず顔を見合わせた。
「え、それは……どういうことですか?」
「普通、嫁入り道具は嫁の方が用意するものだろう?」
「だからあのご令嬢は、おれたちに依頼してきたんだろ? お金も払うって言ってるし」
ザックの言葉に同意するように、ライサも軽く頷く。
「そこだよ。なんでわざわざ、うちの村に依頼したかってことだ。確かにスノダールの魔法具はどこにも負けないと自負してはいるけどね、他の国や村に魔法具職人がいないわけじゃない。まして嫁入り道具なら、あまり魔法的な要素は必要ないはずだ。現に、そう言っていたしね。ただ良質な材木なんかがあれば良い。それならルースダリアでも十分良いものを作ることができるはずさ」
「何か自分の領地でそれを用意できない訳がある、と考えちまうわな」
なるほど、そう言うことだったか。ライサは拳を胸の前で握った。
訳ありの嫁入り、というと、どうしても数カ月前の自分を重ねてしまう。自信満々で、あれほどまでに光輝いているご令嬢でも、何か人に言えない事情があるのかもしれない。
ライサが考え込んでいると、ザックが彼女の肩を控えめに叩いてきた。
「それより、なぁ、ちょっと良いかな」
ザックは眉を釣り上げて不満げな表情をしている。彼にしては珍しい表情に、ライサは緊張で体を硬くして、彼の次の言葉を待った。
「ライサもしかして、嫁入り道具何も持たせてもらってないんじゃないか?」
「え、今更、その話なの?」
途端に、ライサの体の力は抜けていく。
「いや、大事なことだぞ! いくら勘違いで予想外な嫁入りだったとはいえ、ライサの扱いが酷すぎる! 今からでも必要な物があったら言ってくれよ。おれが作――るのは無理でも、村のみんなに頼んでみるから」
どうやらザックは、自分のために怒ってくれているらしい。呆れたような感情とくすぐったさが同時に襲ってきて、ライサは口元を緩めた。
「大丈夫よ、ありがとう。でも、これから作る嫁入り道具は私のじゃないでしょう? 私のものはいつでも良いんだから」
ニーナが空気を変えるように、両手をパンと打ち鳴らした。
「仲が良くて結構だし、私としてもライサの嫁入り道具はとびきり良いものを作ってやりたいところだけどね。まずはお仕事だよ」
ニーナはライサたちに向かって、苦笑を浮かべた。
「すまないね、余計なことを言っちまった。とにかく、お相手にどんな事情があろうとも、こちらのやることは変わらないんだ。さて、明日から早速、村人総出で取りかかるよ!」
「分かったよ、ばあちゃ――村長。いい加減おれも腹が減って死にそうだし、帰って飯食って、明日に向けて力をつけないとな」
「そうよ、ご飯! ザックあなた夕ごはん食べ損なってるじゃないの⁉︎」
そう言うライサもだろ。
言われた途端、タイミング良くなった腹の虫に、ライサは頬を真っ赤に染めた。
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