第14話 最強で最高の魔法具職人

 村人たちの輪から外れて、ライサは切り株で作られた椅子に腰を下ろした。

 スノダールの人々は、元々、こうしてみんなで盛り上がるのが好きなのだろう。歓迎会はいつの間にか、主役の有無に関わらず大いに盛り上がっていた。

 ロジオンなどは酒を飲み、村人と肩を組みながら歌い踊っている。


「ライサ、こんなところでどうした? 疲れたか?」

「ザック」

 輪の中心にいたはずのザックが近づいてきて、こちらを気遣わしげに見下ろしていた。

 平気よ、とライサが言うと、彼は少し間を空けて隣の切り株に腰を下ろす。


「良かった。基本、この村ってこう言う感じだからさ。騒ぐのが好きって言うか、騒がしいって言うか……ライサ、疲れてるんじゃないかと思って」

 ライサは首を横に振る。

「ううん。楽しいわ。ちょっと、空が見たくなって」

 空、と呟き、ザックが不思議そうに上を向く。


 暗いはずなのにどこまでも澄み切っていて、ラピスラズリにも似た色をした夜空。星々は競い合うように輝いていて、空を明るく照らしている。

「私、スノダールに来るまで、こんなに星空が綺麗だなんて知らなかった。シャトゥカナルにいたら、経験できなかったことばかりだわ。それがなんだか嬉しくて」


「そうか」

 ザックの声色は柔らかかった。ライサは彼の横顔を見上げて、軽く頭を下げる。

「その……私の方こそ、ありがとうザック。こ、これからも、よろしく、ね」

 今日の夕方、彼が言ってくれたお礼のお返しのつもりだった。途中で彼が真剣な表情で見つめてきたため、言葉が尻すぼみになってしまう。

 ザックはしばらく無言でこちらを見つめた後、くしゃりと破顔する。


「初めて会った時には綺麗だなって思ったけど、綺麗って言うより可愛いよな、ライサって!」

「か――」

 言い慣れない言葉に、ライサは絶句した。

 何を言われたのかを自覚して赤面するより前に、ザックが明るい声色で言葉を続ける。


「おれさー、みんなから『能天気』とか『ゆるい』とか、『何も考えてない』とかよく言われてるけどさ」

 ふっと力を抜くようにして見せた彼の笑みは、妙に大人っぽく見えた。

「ちゃんと考えてることもあるんだぜ? だって結婚するならさ、おれが好きになれる子じゃないと嫌だし」


 もう、ライサは声も出なかった。カッと一気に熱が頭のてっぺんを突き抜け、全身が真っ赤に染まる。

 好きになれる子って、それに結婚って。

 ライサは今更ながらあることを自覚し、ハッと息を呑む。


 そうだ、自分は嫁入りをすると言う話で、試験を受けた。それに合格したと言うことはつまり、ザックの妻になったということなのか。

 そもそも二人で職人をやると言うことは、夫婦になること前提だったわけで。

 どうしよう、さっき迂闊に『よろしく』なんて言ってしまった。

 よろしく、って、一体何を。


 猫のように大きく後ろに飛び下がり、ライサは自分でも驚くくらいの大声で叫んだ。

「待って! 一回、待って! お願いだから、待って!」

「え? 何を待つんだ? と言うかライサ、そんな大声出せたんだな」


 もう良いから放っておいて。ライサは居た堪れなくなって、その場に顔を埋めて座り込む。

 ライサの気持ちを分かっているのかいないのか、ザックはあっさり距離を詰めると明るい笑顔で言った。


「これから夫婦で、最強で最高な魔法具職人を目指そうぜ! よろしくな、ライサ」

 鼓動が耳もとで大きく鳴り続けている。

 私の心臓、持つかしら。

 そんなことを思いながらも、ライサは差し出されたザックの手をしっかりと握り返した。




第一章 完



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る