第13話 試験の結果
日が沈むと、僅かな日光さえも届かなくなってしまい、村の寒さは一層厳しくなる。冷えとこれから始まることへの緊張で、ライサの身体は硬く凍りついていた。
やや乱暴に背中をさすられ顔を上げると、隣に座ったザックから柔らかい笑みを向けられる。
ライサは体の力を抜くと、向かいに腰かけているニーナ村長へ向き直った。
ついに、お披露目会の時間となり、ライサとザックはニーナ村長とロジオンの家へやってきた。ザックの小屋と同じ、木を組んで造られた家だったが、繊細な刺繍が施された絨毯やタペストリーなどが置かれて、室内は色鮮やかである。
通された部屋の中央に、向かい合わせに置かれたソファーとローテーブルのセットがあった。来客用だったらしく、ライサたちはそこへ座るように促された。
広い部屋だったが、他の村人たちも合わせて二十名ほどが集まると流石に圧迫感を覚えてしまう。
「さて、魔法具はできたかい?」
背筋を伸ばし、ニーナは厳しい表情で尋ねた。眉を吊り上げ、口は真一文字に引き結ばれている。
彼女の後ろではロジオンが視線を泳がせ、落ち着かない様子で見守ってくれていた。
ライサはザックと視線を合わせると、持ってきた小さな木箱を開けてテーブルの上に置いた。
「これです」
「手袋……?」
怪訝そうに眉を潜め、ニーナが木箱の中に視線を注ぐ。革で作られた細身の手袋が、そこには収められている。黒々と光沢のある表面は滑らかで、手首の辺りにベルトの飾りと、その留め具の部分に緋色の石が埋め込まれている。見かけだけなら、ただの手袋。新しい魔法具でもなんでもない。
ニーナは身を乗り出して手袋にそっと触れた。彼女の片眉が怪訝そうに跳ね上がる。
「あたたかい……?」
「魔核の欠片を、埋め込んでいます」
「魔核、の欠片だって?」
ニーナが目を見開き、周囲にいた村人たちも唖然としている。やはり、魔核を割るというのは、この村で考えられないことなのだろう。
「魔核は割っても力が残るってことが分かったんだ! ライサが見つけてくれたんだぜ」
まるで自分のことのように、ザックが得意げに胸を張る。ライサは少し恥ずかしくなって、ザックの腕を肘で突いた。
気を取り直してニーナに向き直ると、はめてみてくださいと手袋の着用を促した。
ニーナが手袋に手を入れる。すっと滑らかに指が入っていき、彼女は何度か調子を確かめるように指を折り曲げた。
「中の素材は柔らかいね。それに、吸い付くように手に馴染む。何より、指先までちゃんと温かいね」
「中と外では別の革を使っています。外は強度を上げて、物を持っても滑らないように指の内側に滑り止めもつけてます。水仕事もできるよう、水に強い革を使いました。反対に内側は柔らかくて蒸れにくい素材にしてます」
ライサの説明に、ニーナは頷きながら聞き入っていた。緊張が高まり、ライサは一度口をつぐんで喉を鳴らす。
「これで、寒い時でも指が悴まずに、仕事ができると思うんです。これが私たちが作った魔法具です。……どうで、しょうか?」
ニーナはしばらく一言も発さなかった。視線を逸らしたくなるが、膝の上で拳を握って正面を向く。
隣に座ったザックが、背筋を伸ばして真っ直ぐニーナを見つめていたからだ。二人の作ったものに絶対の自信を持っている顔だ。ライサも、彼の想いと二人で作った物を疑いたくなかった。
恐らく全員が固唾を呑んで見守る中、ニーナがようやく口を開いた。
「これは、駄目だね」
「え……」
「な、ばあちゃん、なんで⁉︎」
腰を浮かせたザックを手で制し、ニーナは厳しい口調で淡々と告げた。
「村長だよ、ザック。これは……とても商品にならない。そもそも、本来熱を発する魔核は暖房器具なんかの大型の魔法具に使う素材だろう? 何分の一とはいえ手袋に使うなんて、それだけで値段が跳ね上がっちまうよ。そんな高い手袋、誰が買うんだい? 魔法具は、私たちの商品なんだよ?」
それに、と彼女は手袋を外して軽く表面を撫でる。
「表面の革は皮膚の丈夫な
ニーナが視線を巡らせると、集まった村人たちが一斉に視線を逸らす。
そんな貴重なものだったのか。ライサは改めて、嬉しいような申し訳ないような気持ちに襲われた。
「こんな貴重な素材ばかり使って。手袋一つに、どれだけ手間と金をかけなきゃならないんだい? 買い手がつかなきゃ、商売にはならないよ」
だから。
うつむくライサの耳に、ニーナの柔らかい声が聞こえた。
「これはライサ、お前さんが仕事をする時に使いな」
「え……?」
顔を上げると目の前に、自分たちが作った手袋が差し出されていた。手袋とニーナの顔を交互に眺めて、ライサは自分の隣へ視線を移す。
ザックも大きな口をポカンと開けていた。
「え? ばあちゃ……村長、どういうことだよ? これ、ライサが使うのか?」
「そうだよ。斧を握る時に手袋がいるだろう? こんな高価なもの、怖くて作った本人しか使えないよ」
どこかぶっきらぼうにそう言った後、ニーナが急に表情を崩して笑う。悪戯に成功した子どものようだった。
「それに、魔核は割れても力を持つって重要なことが分かったんだ。年寄りにあんな固いものは割れないからね。ライサにどんどん割ってもらって、しっかり利用させてもらうよ!」
ライサは目をしばたたかせる。
もしかして、という期待で胸がじわじわと満たされていく。目を伏せながら、ライサは遠慮がちに尋ねた。
「あの、私、この村にいて良いんですか?」
「おや? そう言ったつもりだったんだがね。試験は合格だよ。たった三日で二人ともよく頑張ったね」
柔らかい瞳でニーナが微笑む。母親に褒めてもらえたようなくすぐったい気持ちで、ライサは思わず頬を染めた。
「え、えええっ⁉︎ ってことは、おれたち今日から『魔法具職人』ってことで良いのか⁉︎」
「声が大きいよ、ザック。そうだね、職人って言い切っちまうには、二人とも経験が足りないからねぇ。でもまぁ『職人の卵』くらいにはしておいてやるよ」
ニーナの言葉に、ザックは飛び上がって喜んでいる。ずっと狩人でしかなかった彼は、『職人』という言葉がついているだけでも嬉しいのかもしれない。
「良かったなぁ、二人とも! まさか本当に新しい魔法具を作っちまうとは、驚いた!」
「おめでとう! これからライサちゃんもこの村の一員ね!」
「ザックも、良かったなぁ」
ロジオンや他の村人たちからも、次々に祝福の声が上がる。途端にニーナ村長の家は、ザックの声が霞むほどの大騒ぎになってしまった。
手をパンパンと打ち鳴らしながら、ニーナが声を張り上げる。
「こらこら! ここで騒がれちゃ、困るよ! 今夜のライサの歓迎会は、外でやるんだろ⁉︎」
「外で?」
ライサとザックが首を傾げて周囲を見回すと、村人たちの口元がなんだかゆるんでいる。彼らの視線の示すままに、ライサたちは家の外へ出た。
目の前に現れた光景に、ライサは両手で口を覆って感嘆の声を上げる。
「わぁ……」
無数の黄金の光が、目の前に浮かんでいる。優しい淡い光を放つ不思議なランタンが、ふわふわと宙に浮かんで周囲を温かく照らしているのだ。
灯りの中央に置かれている巨大なテーブルには、白い湯気の立つ料理や色鮮やかに輝くフルーツなどが所狭しと並べられている。
そういえば、外なのにそれほど寒さを感じない。きっと全部魔法具の力なのだろう。
「驚いただろ? ニーナとライサちゃんたちが話をしている間に、アイツらがこっそり準備をしてくれていたんだ」
ロジオンが視線を向けると、一部の村人が得意げに笑っていた。そうか、家の中に集まっていたのは、村人全員ではなかったのか。
ふとライサはあることに気がついた。思わず振り返り、ニーナの顔を見つめる。彼女は少しバツが悪そうな表情をしていた。
「すまないね、意地悪しちまって」
「ニーナ村長さん。もしかして、初めから」
ライサの言葉に、ニーナはおどけた仕草で肩をすくめる。
「なんていうかねぇ。お前さんが、『叔父が』だの『従姉妹が』だの、他人のためにこの村にいたいって言うもんだからね。しかもザックの『嫁入りして魔法具職人になってくれ』って発言にも、言われるがまま頷こうとしただろう? 自慢の村なんだ、ライサの意志でここにいたいって言ってもらいたいじゃないか。だから、ライサに経験してほしかったんだよ」
ニーナは一歩大きく前に出ると、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ザックと一緒に魔法具を作ってみて、どうだった?」
ライサはこの数日間のことを思い出す。
知らない魔物たちの世界を知った。
たくさんの人に優しくしてもらった。
新しいことを始めて、ワクワクした。
とても、胸が温かくなった。
胸の辺りでぎゅっと強く拳を握る。自信を持って、ライサは口を開いた。
「その――とても、楽しかったです」
ニーナは大きな口を開けて愉快そうに笑った。
「あはははっ! それなら、良かった! この村にいる資格は十分だ! 改めて歓迎するよ、ライサ!」
ライサは嬉しそうに頬を緩める。何故か、目頭が熱くなってしまった。
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