第12話 あたたかい

 ライサは斧を握ると、早速台座の前に立つ。まだ殻に包まれたままの、炎の力を持つ魔核が置かれていた。まずは、この魔核の殻を割る。

 ライサは足を肩幅に開いて息を吐くと、台座の辺りを狙いながら斧を振り上げた。普段よりも重たい斧に体のバランスが崩れそうになるが、なんとか両足を踏ん張って耐える。そして、斧の重さを利用して一息に振り下ろす。

 竪琴のような音と、ダイヤモンドダストのような粒子が舞い、剥き出しになった魔核が現れた。

 問題はここからである。 


 柄をしっかりと握り直し、再び足の位置を調整する。深く息を吸って斧を振り上げて、もう一度、膝を曲げながら振り下ろす。

 鈍い音が響いて、刃が軽く跳ねた。

 弾かれたのだ。どうやら、ちょっとやそっとじゃ割れないというのは本当のようである。


「ライサ! 変な音がしたけど、大丈夫か!?」

「大丈夫よ、任せるって言ったのはあなた。ザックはザックで何か別の作業を進めてて」

 慌てた様子で駆け寄ってきたザックを静止し、ライサはもう一度魔核に集中する。

 狙う位置を少し変えて、もう一度斧を振るった。軋むような音と共に、腕にじんとした衝撃が伝わってきた。


「おお、ヒビが入った!?」

「だから、ザック。別のことしてて言ったわよね」

 集中したいのに、気が散ってしまうではないか。苛立ちを覚えながら睨むと、彼は誤魔化すような笑い声を上げる。

「ごめん。でも、あともう少しだろ? その瞬間だけは、ちゃんと見たいんだ」

 仕方ない。ライサはため息を吐いて、再度魔核に向き直る。割れなかったが、ここまでくればこっちのもの、いける。

 ライサはヒビが入った箇所を狙い、真っ直ぐ斧を下ろした。


 鈴の音色のような澄んだ音を響かせ、ついにその瞬間が訪れる。魔核が綺麗な断面を晒しながら、二つに割れたのである。

「よぉし! それで、魔核の効果はどうだ?」

 ライサは手袋を外し、割れた魔核にそっと触れる。少し熱いが、触れないこともないくらいの温度だ。やはり、割ることによって魔核の力が弱まったようである。

 そうと分かれば、これからさらに細かく割っていき、最適な大きさまで加工しなければ。


「よし、次は加工だな。最高の素材を用意するぞ! どうせなら、希少素材の極光雪豹オーロラユキヒョウの毛皮とか使いたいけど、今から探せるかな? あ、それと、割った魔核の表面を滑らかに整えるのに、金剛魔猪ダイヤモンドボアの牙とかもあった方が良いよな。ヤスリ代わりに! こうしちゃいられない、ちょっと、雪山を散策しに行ってくる!」

「ちょっとちょっと待って⁉︎」

 今にも飛び出して行きそうなザックの腕を、慌てて掴む。


「落ち着いてよ。それじゃあ、期日までに間に合わないでしょう! それに……私も詳しくないけど、毛皮がとれてもそれを使えるように、綺麗にしたりなめしたりしないといけないんじゃないの?」

 ライサの指摘に、彼は振り返り様、ぐうと不思議な呻き声を漏らした。

「ね。だから、今ある材料でどうにかしましょう」

「ごめん。せっかくだから、最高の物を作りたくてさ」


 ザックが落胆した様子で肩を落とした時、小屋の入り口の方で何やら慌ただしい音が聞こえた。

 『急げ』というような、誰かの声も聞こえた気がする。二人は思わず顔を見合せ、扉の方へ向かう。


 ザックがゆっくり扉を開けると、玄関先に見覚えのない木箱が置かれていた。

 真っ直ぐに尖った何かの角や丈夫そうな黒い皮、様々な色に輝く毛皮などが大量に詰め込まれている。

 そして、扉の周囲には無数の足跡があった。


 ザックとライサはもう一度顔を見合せ、思わず同時に噴き出す。

「ありがとうございます」

「甘えさせていただきます」

 二人は木箱に向かって、深々と頭を下げた。


「おお、貴重な素材ばっかりだ! 魔核の部分以外は普通のやり方と変わらないからな。ライサ、裁縫はできるか?」

 ザックの問いに、ライサは頷く。伊達に、シャトゥカナルで仕事していたわけではないのだ。

「よし、じゃあ型紙にそって皮を切って、縫い合わせていくぞ! おれは、魔核を取りつける……そうだな、台座みたいな物を作ってみるよ」

「あなたその、そういう細工とかの作業は大丈夫なの?」

 いける、多分。と、何故か自信満々に言うので、呆れを通り越してライサは少し笑ってしまう。


「さぁて、思わぬ応援ももらったし、気合いいれて作るぞ!」

 力こぶしを作り、ザックが楽しげに叫ぶ。彼の気持ちが移ってしまったのだろうか。ライサの胸も激しく高鳴っていた。

 大変だけど、新しいことをするのはとてもワクワクする。

 ライサも思わず、右手の拳を天井に向かって突き上げた。




 魔法具が完成したのは、期限ギリギリのことだった。窓の外は、もう闇に包まれ始めている。

 最終チェックも終わり、後はその時を待つのみだ。

「いよいよだな。あと、一時間くらいあるし、それまで休んでなよ」

 作業場で椅子に腰かけていたライサに、ザックが大きく伸びをしながら言った。

 そう言う彼も少し眠そうである。


「いいえ、大丈夫よ」

 ほとんど徹夜だったとは言え、気分が高まって眠れそうにない。

 するとザックは調理場へ入り、湯気の立つカップを一つ持ってきた。手渡されたそれを覗き込むと、中にはクリーム色の飲み物が入っている。なんだか、甘い香りがした。


「ミルクティーなんだけど、木の蜜も入れてみた! 甘いの好きかなって思って」

「甘い飲み物……あまり飲んでこなかったけど、好き、だと思うわ。ありがとう」

 彼の気遣いに甘えて、ライサはミルクティーに何度か息を吹き付けてから、それを口に含む。柔らかい甘さがじんわりと身体を温めていく。ライサは、ホッと息を吐いた。

 向かいの椅子に腰を下ろしたザックが、思いがけない言葉を発する。


「ライサ、本当にありがとうな」

 え、とライサは疑問の声を上げる。お礼を言うのは、寧ろライサの方ではないだろうか。

 ザックは少し気まずそうに頭をかいた。


「いや、村にいたいだけなら、別におれと一緒に職人にならなくてもいいわけじゃん? それを、無理に付き合わせちゃったかなって」

「そんなことないわ。だって、あの時声をかけてくれて、本当に助かったもの」

 少しの間、二人の間を沈黙が流れる。おれさ、とザックが、彼にしては小さな声で声をこぼした。


「どうしても、職人って呼ばれるようになりたかったんだ」

 前にも聞いた言葉だったが、今回のそれはを持っていた。

 続けてザックが口を開く。

「ライサ。おれに親がいないって話、聞いてるか?」

「ごめんなさい、少しだけ」

 肩を落として反射的に謝ると、ザックは首を振った。


「良いんだ。聞いてのとおり、おれは元々スノダールで生まれたわけじゃない。だからその……なんて言うのかな。ふとした瞬間にさ、思っちゃうんだよ。自分はこの村の生まれじゃない、なんだって。その考えが、ずっと頭から離れなかったんだよな」

 よそ者。言葉が、刺のようにライサの胸に刺さる。


「こんなこと、愛情かけて育ててくれた、ばあちゃんたちには絶対に言えないけどさ。この村は職人の村だろ? だから、職人になれれば、おれもスノダールの一員になれる。胸を張って『ここはおれの居場所』だって、言えるような気がしたんだ」

 ああ。心の中でライサは声をもらした。ザックの言葉が、こんなにも胸に突き刺さる。

 目頭が熱くなり、目の前が滲んで見えなくなった。ガタンと椅子が大きく音を立てて、ザックが腰を浮かせる。


「ど、どうしたんだ、ライサ⁉︎ おれ、何か傷つけるようなことを」

「――違うの!」

 叫ぶようにライサは否定の言葉を口にする。

 違うのだ。この涙と胸の痛みは、傷ついたからじゃない。ずっとここにあった傷を思い出してしまったからだ。

「同じなの、私も叔父さんの家にいた頃、ずっと、あなたと同じことを思ってた」


 ライサの母は、幼いライサを叔父夫婦に預け、どこかへ消えてしまった。

 当時の叔父夫婦は、ブラトが生まれたばかりで、叔父は事故で足が不自由になったばかり。ただでさえ生活が苦しいのに、ライサまで転がり込んできた。

 叔父たちの対応は冷たかったかもしれないけど、それでも見捨てずにここまで育ててくれたこと、とても感謝している。自分は恵まれていると思う。


 けれど、どうしても考えてしまう。自分はこの家族の一員じゃない。よそ者でしかないのだと。

 『姉』として慕ってくれるナターリアたちには絶対に言えなかった。けれど、ずっと孤独を感じていたのだ。

 そう。今回婚姻の話を受けたのは、叔父たちのためだけじゃなかった。


「本当、本当はね。私は、ずっと、ずっと……」

 自分の家族いばしょが欲しかったの。

 大粒の涙が溢れて、紅茶のコップにいくつも波紋を作った。それを気遣う余裕もない。涙が止まらなかった。

 ふと、ライサの手に熱い手のひらが触れた。やんわりとコップを取り上げられ、ザックの手で優しく両手を包まれる。


「そっかぁ」

 顔を上げると、柔らかな色をした赤い瞳が、自分を真っ直ぐに見つめていた。

「おれたち、おんなじだな」

 歯を見せてザックが無邪気に笑う。

 どうしてそんな、自慢するみたいな顔をするのだろう。ザックの片手が、ライサの髪にそっと触れた。

 温かい眼差しで、祈るように彼は言う。


が、ライサにとっての居場所になれたら嬉しいなぁ」

 堪らなくなって、ライサは彼の手に顔を押しつけた。ザックの手は本当に温かくて、その熱があまりにも優しくて。

 今まで秘めてきた想いを、流しきってしまおうとするように。

 涙はいつまでも止まらなかった。

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