第9話 始めてのご飯
「都市の仕事で困ったことと言えば、『寒さ』だけれど。寒さを和らげる魔法具なんてたくさんあるわよね」
ライサの問いに、ザックは眉を潜めて腕を組む。
「そうだなぁ。炎を吐く『
「そうよね」
寒さの他に困ったことなどあっただろうか。給金が低いことなど、今は関係ないことだろうし。
考えながらライサがふと視線を落とすと、卓上の端に置いた自分の指先が目に入った。
乾燥や寒さにより、よく皮膚がひび割れ裂けてしまうため、傷跡がいくつも残ってボロボロである。
「寒さといえば、指先の冷たさはどうにかならないかしらって、いつも思ってたわ。温かい手袋は分厚くて作業の邪魔になるし、薄手の手袋は指先が悴んでしまうし。もう仕方がないと諦めていたのだけれど」
「なるほどなぁ。確かに手袋って難しいよな」
ザックは自身の手のひらを見つめながら言う。彼の指先は太くて固くゴツゴツとしていた。
「あなたは何か良い手袋を使っているの?」
「おれ? おれはなんて言うか、体温が異常に高くてさ、手袋とか割と適当でも平気なんだ。……あ! だから、部屋が寒いとかあったら、遠慮なく言ってくれよ! コートとか持ってくるからさ」
突然気遣われ、ライサは目をしばたたかせてしまう。大丈夫だと言う意味も込めて、軽く頷いた。
そうだ、この際手袋を作るのはどうだろうか。仕事の邪魔にならない、薄手でも温かい手袋。正直、ライサ自身が使いたいくらいである。
しかし、ザックの返事は厳しいものだった。
「んー、さっきも言ったけど、手袋って難しいんだよな。ただ温かさを求めるだけなら適した素材はたくさんあるけど、手袋はそれをはめて仕事をするだろ? 伸縮性や柔軟性、耐久性なんかも同時に求められてくるからなぁ。全部兼ねそろえた良い感じの素材となると……ちょっと思いつかないな」
「それなら、魔核を使うのはどうなの? 伸縮性や柔軟性を重視した手袋を作って、その、手の甲とかに熱を発したりする魔核をくっつけたりとか」
そう言うと、ザックは驚いたような表情をして、ライサを見つめた。
「初めてでその発想が出るのはすごいな……! ただ、残念だけど、それも難しい。魔核は魔物の力の源。手袋みたいな小さいものに使うには、力が強すぎるんだよ。温かいどころか火傷するだろうな。それに、大きさも問題になってくる。温かくなる効果をもつ魔核は、小さいもので手のひらサイズくらい。デカすぎるんだよな」
そうか。ライサは落胆しつつも納得していた。
自分のような素人が考えることなど、とっくに試されているだろう。流通していないということは、そう言うことなのだ。
ライサが俯き考え込んでいると、真横から豪快な腹の虫が鳴った。
「あ、ごめんな。バタバタしてて、飯、まだだったからさ」
ザックが腹を撫でながら笑う。すると不思議なもので、ライサも釣られたように空腹感を覚える。
そう言えば、今朝シャトゥカナルを出てから何も口にしていない。窓の外を見れば、すっかり日が暮れている。もう夕飯の時間だ。
ライサも自分の腹に手を当てたところを見て、ザックは合点がいったように笑う。
「腹ペコじゃ頭も働かないよな。とりあえず、飯にするか!」
彼のいうことにも一理あるし、焦っても仕方がないだろう。
ライサは手招きをするザックの後を追って、作業場を後にした。
リビングで再び椅子に腰かけ、ライサは落ち着きなく周囲を見回す。
夕食を作ると言うザックを手伝おうとしたのだが、初めての場所で勝手が分からないことを理由に断られてしまった。
笑顔で「良いから座ってて」と言われると、どうも断りづらい。
彼は料理もできるのか。一体、どんな物を作ってくれるのだろう。ライサは調理場の音に耳を傾けた。
何やら、ドンドンゴンゴン、バンバンと言う荒っぽい音が響いている。おおよそ、料理をする音とは思えない。
ライサの胸が不安で満たされていく。
「できたぞー! たくさん食べてくれよ!」
調理場の入り口から、得意気な笑みを浮かべたザックが顔を出す。彼が両手に持つ皿の上には、子ブタほどの大きさがあろうかという分厚い
「貴方、料理までそうなの⁉︎」
「え、何が?」
しまった、とライサは慌てて口を閉じ、『雑』と言う言葉を飲み込んだ。
塊肉の周囲には、切られた野菜なども添えられているが、それもぶつ切りでライサの握り拳くらいの大きさだ。体の大きい人は、一口も大きいのだろうか。
「これ、昼間おれが獲ってきた『
今度は一瞬、共食いという言葉が思い浮かんで、誤魔化すように咳払いをする。
食卓に肉の乗った皿が置かれ、ザックが笑顔でそれをすすめてきた。
どこから食べたものか。迷いつつ、ライサは手に持ったナイフを肉に刺し入れた。意外と手応えなく、ナイフがすっと入っていく。一先ず自分の手のひら程度の大きさにそれを切り分け、自分の皿の上に乗せた。
肉にソースなどはかかっておらず、調味料は塩胡椒のみのようである。目の前でしげしげと眺めると、艶々とした赤身と香ばしい肉の香りが食欲をそそられた。
ライサはナイフとフォークで肉を小さくして、いただきますと一気に頬張った。噛んだ瞬間、肉の旨みがじわりと口の中に広がり、濃厚な肉汁が滲み出てくる。しかし、決してしつこくはない。肉自体も驚くほど柔らかく下の上で解けていき、飲み込む瞬間までもが非常になめらかな喉越しだった。
「おい、しい……!」
「だろ⁉︎ コイツ見た目はちょっとアレだし、『熊』なんて言葉がついてるけど肉は美味いんだよな! 保存の仕方が難しくて長持ちしないから、狩りたてじゃないと堪能できない肉なんだぜ!」
「『狩りたて』って……」
「遠慮せず、どんどん食べてくれよ! じゃないとおれが全部食っちまうぞ」
空腹もあって、ライサは勧められるまま肉を口にしていく。ザックも大きな口で肉をどんどん平らげていった。彼の食べ方は豪快で、見ているとなんだか元気が出てくる。
「『雑』とか思ってごめんなさい」
「なんか言ったか?」
ライサは慌ててなんでもないと首を振った。
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