第8話 大切なこと
「さて。魔法具を作る前に、色々と説明をしておくからな。ライサは魔核や魔法具のこととか、よく分からないだろ?」
「それは有難いけれど、どうしてそんなに楽しそうなの?」
ニーナたちが帰った後、ザックはライサを作業場へ連れて行くなりそう言った。
満面の笑みを浮かべ、作業場の隅に積まれた木箱から様々な物を取り出して卓上に並べている。
中には赤ん坊ほどありそうな、氷の塊のようなものもあった。軽々と持っているのは、さすがと言うべきか。
「いやぁ、魔法具の作り方は習ってたけど、今まで完成できた試しがないからさ。ライサの力を借りてとは言え、ついにおれも職人になれるって思うとなんだか嬉しくなっちゃって。おれ、どうしても職人になりたいんだ!」
「それは、ロジオンさんやニーナ村長に憧れているから?」
二人を見ていたザックの瞳が、憧憬を孕んでいたように思えて、ライサは彼にそう尋ねる。
「ああ……まあ、そんなところかな」
ザックは照れ隠しのように笑うと、リビングから椅子を二脚持ってきて、片方をライサに勧めた。
促されるままザックと向かい合わせに腰を掛けると、彼と目線が合いやすくなる。
なるほど話しやすいと、ライサは感心ながら彼の顔を見つめた。
「じゃあ座ったところで、まず基本的なところから説明するからな。魔法具はあくまで、魔物が持つ能力を活かして作られた物だ。ライサが持ってきた『導きのランタン』は、帰巣本能が強い『
ライサは感心してため息をつきながら頷く。都市の中で過ごしていた自分にとって、不思議な能力を持つ魔物のことなど未知の世界である。
ザックの話もどこか御伽噺を聞かされているようで、胸が高鳴った。
「あとこれは、とっても重要なことなんだけど。魔物の中には魔核だけじゃなくて、羽や毛皮なんかの体の一部だけでも、不思議な力を持っているやつもいる。さっきの
ザックは眉を下げて寂しげな口調で告げる。大きな体が一回り小さくなったような気がした。
「だから、スノダールの職人は決して無駄に狩らない、狩ったらできる限り無駄にせず使わせていただくのがルールだ。肉は食べる、毛皮も牙も骨も、別のものに加工して使うんだ」
ライサはハッと息を呑む。
そして、ザックが卓上に並べた、魔法具の材料、魔物たちの一部をじっと見つめた。
「そうね、全部『命』だものね……」
「――おし! それが解ってれば、まず大丈夫だ!」
ザックが歯を見せて、どこか満足げに笑った。魔法具は、魔物たちの命でできている。改めて身が引き締まる想いになったライサだったが、ふと引っ掛かりを覚えてザックを睨む。
「ただ、それを言うとザック。あなた、その大切な魔核を粉々にしてたわよね?」
「あー、うん。割った欠片はなるべくかき集めて、ちゃんと後で自然に還して謝ってマス」
割った時はあっけらかんとしていたが、反省はちゃんとしているようである。
「さて、新しい魔法具か……。何を作るかな」
気を取り直したように、彼は作業場の机の前で腕を組んだ。
机の上には、動物の毛皮や牙や羽根、そして殻に包まれたままの魔核などが置かれている。白い毛皮は毛の先が針のように尖っていて、触れると怪我をしそうだ。牙は太くて先端は鋭いが、それ自体はつるつるとしていて触り心地が良さそうである。うっすらと金色を帯びているのも不思議だった。
そして、鳥か何かの羽根は深い藍色をしており、灯りを透かし青色の影を落としている。
「ニーナ村長さんは、『全く新しい魔法具』を作ることが条件だと言っていたわ。全くの素人である私にできるのかしら? それも、期限は三日後だなんて」
ライサは卓上の素材が、どんな魔物のどんな力を持つものなのかも知らない。そんな自分が、ザックの協力があるとは言え、新しい魔法具を作ることなどできるのだろうか。
急に不安が押し寄せてきて、ライサは深く俯いた。
「あのさ、全く新しい魔法具ってばあちゃんは言っていたけど、難しく考えすぎなくて良いんだよ」
ザックが若干柔らかな口調で言うと、ライサの肩に手を置いた。
「『魔法具は人の生活を助ける道具だ』って、村のみんながいつも言ってた。あると助かるもの、あると良いなと思うもの。それを考えることから始めれば良いんだ! 今までスノダールで作ってきた魔法具なら、俺の頭にちゃんと入ってるしな。せっかくだから、楽しもうぜ」
ザックは得意げに口の端をつり上げて笑う。
急に彼が大人っぽく見えて、ライサの鼓動が少しうるさくなった。
それを誤魔化すように、彼女は視線を素材に戻して思案する。
「『あると助かるもの』、『あると良いなと思うもの』……」
「そう言えば、ライサって都市で色々な仕事をしてたんだろ? その仕事中に困ったことってなかったか? ヒントになるかもしれないぞ」
仕事中に困ったこと。ライサは今までしていた仕事を思い出す。
薪割りや洗濯、雪かきなど、仕事がキツかったのは別として、とにかくどの仕事も寒さが堪えたのは覚えている。
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