第7話 認めない!
「ほら、ライサはスノダールにいたいんだろ? で、おれは魔法具職人になるための
ああ、そう言うことか。
ライサは気持ちが萎んでいくのと同時に、何故か苛立ちを覚えていた。ザックの手の力が緩んだ隙に、彼の手をさりげなく振り払う。
そこで、ふと我に返った。何をイライラしているのだろう。どんな方法であれ、スノダールに残ることは希望通りであるはずなのに。
「あー、それは……やっぱりライサちゃんは、ザックのとこに嫁入りするってことで良いのか?」
「ん、まぁ、そう言う体になるのかな? 宰相さんって人に、『ちゃんと嫁入りしました』って報告しないといけないんだろ?」
ザックの問いに、ライサは首肯する。無事に嫁入りできたことが分かれば、ナターリアたちは幸せに暮らせるはずだ。
「だったら、おれに嫁入りしたってことにすれば良いじゃん。もちろん、ライサさえ良ければだけど」
ザックは小首を傾げ、ライサを見つめた。拒否などするはずがない。これで、全て希望通り、丸く収まるのだから。
ライサはザックに向き直り、深々と頭を下げた。
「これからよろしく、お願いします」
「――いいや、嫁入りは認められないね」
鋭い声に振り返ると、ニーナがこちらに睨むような目つきを向けていた。口を真一文字に結び、笑みの一つも浮かべていない。
初めてみる厳しい表情に、ライサは肩を震わせた。
「認められないって……突然どうしたんだよ、ばあちゃん」
「村長だよ、ザック。私はスノダールの村長として、二人の婚姻は認められないと言ったんだ」
ニーナの厳しい言葉に、傍で見ていたロジオンが焦った様子で声をかける。
「お、おいおい! 突然どうしたんだよ、ニーナ……村長。お前もついさっきまで、ライサちゃんが来てくれたことをあんなに喜んでたじゃねぇか⁉︎ 一体、どういう心変わりだ⁉︎」
ニーナはロジオンの顔を一瞥しただけで何も言わなかった。厳しい顔をしたまま、ライサたちに近づいてくる。
確かに不思議だ。ライサがこの村に来た時、ニーナはロジオンたちと一緒になってとても喜んでいてくれたはずなのに。
ライサは拳を握り、正面に立つ彼女を見下ろした。
「私が、何か気の触ることを言いましたか? それとも、お金のために嫁入りするのが、気に食わないということですか? でもこれは私にとって、大切なことなんです」
向けられたニーナの眼差しは、とても静かだった。心の中を見透かされるようで視線を逸らしたくなるが、ライサは負けじと目に力を込める。彼女に認めてもらわなければ、シャトゥカナルへ報告してもらえないのだ。
ライサを見つめていたニーナが、徐に口を開いた。
「どうしても、嫁入りを認めてほしいって言うなら……そうだね。魔法具を一つ、ザックと二人で協力して作り上げること。それができたらスノダールの嫁として認めてやっても良い。婚姻が無事に成立したと、シャトゥカナルへ文を出そうじゃないか」
「おいおいおい、いきなりかよ⁉︎ そりゃいくらなんでも、厳しすぎじゃ」
口を挟んでくれたロジオンだったが、ニーナの一睨みでズコズコと引き下がる。この夫婦、ロジオンの方が立場が弱そうだ。
「魔核の殻が割れたくらいで成り立つような、そんな甘い世界じゃないんだよ! 一度経験してみれば、どれだけ大変な仕事か分かるだろう? どうだい。この挑戦、受けてみるかい?」
そう言ってニーナが、挑戦的な笑みを浮かべる。
魔法具を作ることがどれほど難しいことなのか、ライサには分からない。けれど、やるしかないのだ。
「やります。ザックさんも、その……付き合ってくれますか?」
「おお、もちろんだ! 見てろよ、ばあちゃ――村長。俺たちの手で、すっごい魔法具を作って見せるからな!」
ザックは威勢よく拳を振り上げ、大きく胸を張った。見ていると、頼もしいというよりも、どこか微笑ましい気持ちになってくる。
「ちなみに『さん』も敬語もいらねぇから、楽に呼んでくれよ、ライサ!」
「あ、ありがとう。ザック」
満面の笑みで見つめられ、ライサは少し言い淀みながらも頷いた。
「――決まりだね」
ニーナは鼻を鳴らし、唇の端を持ち上げて笑う。ロジオンだけが、気が気でない様子で視線を泳がせていた。
「さて、期日は……そうだね。三日後にしよう。あんまり都市の人たちを待たせるわけにもいかないからね。それまでに二人で全く新しい魔法具を作ってくること、良いね!」
「『全く新しい』……⁉︎」
「『三日後』!?」
ザックとライサが目を見開くと、ニーナは意地の悪そうな笑みを浮かべる。まるで、してやったりとでも言うようだ。
「ふふ、若い二人の作品がどれほどのものか、楽しみにしているよ」
足取り軽く、ニーナはザックの作業場を出て行った。扉の閉まる音で、彼女がそのままザックの家を出ていってしまったことが分かる。
作業場の出入り口を見つめながら、ロジオンが意味のない言葉を発した。
「あー、その。いやー、厄介なことになったなぁ、お前たち。その、大丈夫なのか?」
「いや、これはニーナのばあちゃんからの挑戦状だ! 受けてこそ、最強の魔法具職人になれるってもんだろ⁉︎」
「……一つ言っておくが、魔法具職人自体は何かと戦うわけじゃねぇからな」
ロジオンの言葉も届かないくらい、ザックはやるぞと叫び気合いを入れている。
仕方がないなと言うように、ロジオンはため息を吐いてから、ライサを見つめた。
「ライサちゃん。ザックはあんなやつだが、素材をとってくる腕は確かに『最強』だ。魔法具の作り方も、わしらがちゃんと頭に叩き込んでる。手加減は下手くそだが、一部器用にこなせる作業だってある。だから、きっとできるさ」
ロジオンはそう言って、片目をうっすら開けたままウインクらしきものをして見せる。その不器用な仕草に、ライサは思わず口元を緩めた。
「ありがとうございます。頑張ります」
「おう! 頑張りな」
ロジオンは顎髭の間から、白い歯を覗かせ豪快に笑った。
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