第二幕 未来への願いの舞

第4話 光のステージ



 ◇ ◇ ◇



 『廃線上のシルフィード・第二幕』



 ◇ ◇ ◇



 東日本で発生した大震災から二日目の昼。


 高天バレエ団と劇場運営役員との協議によって日本国内の強まる自粛ムードに合わせて新国立劇場の公演が当面の間休止となりました。


 再開の目処が立たないことから、私は連絡が取れない家族と久美子ちゃんの安否が知るために一週間ほど余暇をいただいて、東京から車を運転して寛木町に帰郷することにしました。


 久美子ちゃんが無事でいてほしいと願いつつ、大津波が襲った気仙沼湾沿いの町が壊滅状態にあることから、海岸付近にあった喫茶店も被害が避けられなかったであろうことを予感します。


 劇団に申請して舞台用品を運ぶために使われていたワンボックスカーを一台を借りて、水や食料が入ったダンボール箱を詰め込み、東北自動車道が封鎖されていたために翌日の朝から一般道に長い時間をかけて車を走らせました。


 道路に散乱した瓦礫や土砂崩れ、液状化現象でマンホールが隆起した場所を目にすることになり、それらの影響で渋滞に何度も巻き込まれ、当日中に辿り着けず福島県と栃木県の県境にある道の駅で車中泊しました。


 故郷に辿り着いたのはさらに翌日の夕刻になった頃……。木造一軒家の実家の庭に車を停めると久しく会う白髪混じりの父と母が出迎えてくれて、表情を見るに少々疲労を感じられたものの怪我が無く無事な姿にひとまず安心することが出来ました。


 家族は私と久美子ちゃんの仲を知っています。私が訊ねるまでもなく、何のために帰郷したのかを察して沿岸部の状況を語ってくれました。


 沿岸部を走行する気仙沼線の9駅が大津波によって流出。気仙沼駅から内陸の柳津駅にかけて線路が破断されたことを知りました。久美子ちゃんの住まいの付近にある駅はその中に含まれています……。


 久美子ちゃんを探しに今すぐ車で沿岸部に向かうと告げましたが、被災地の惨状は解消されていない、自衛隊の災害救援活動の妨げになるためまだ行くべき時ではないと止められました。


 私の帰郷はすぐに町中に伝わって、私に会いに昔からよく知るご近所のお婆さんやお爺さん、生まれたばかりの子どもの顔を見せに小学生時代の同級生がやって来ました。


 皆優しくて以前来訪した時に「あなたはこの町の象徴だよ」と嬉しい言葉をかけてくださった方々です。お会いした方に微量ながら東京から運んできた災害物資を配ると喜んでいただいたのがとても嬉しかった。


 被災して心身ともに疲弊しているにも関わらず久美子ちゃんの安否を気にして涙を流す私のことを皆さんは優しく慰めてくれました。


 しばらくして、私は泣き顔を見せたくなくて周囲の人達に深々とお辞儀をすると実家の二階にある昔使っていた自室に閉じ籠りました。数年物置として使われた埃っぽい部屋の中、私はかつて使っていた小学生時代の勉強机に伏して涙に暮れました。



 ◇ ◇ ◇



 泣き疲れて少しの間眠りについていたようです。寝ぼけ眼で顔を上げてポケットから取り出したスマートフォンの画面を見ると夜7時と表示されています。


 開かれたカーテンの外の風景は夜の闇で、はらはらと雪が降っていることに気付きました。電気が通っていないので街路灯は明かりを灯していませんが、雲間から漏れる月と星々の仄かな光で壊れた町を照らしています。


 背には毛布がかけられていて、眠りについている間にそっと家族の誰かがかけてくれたようでした。とても暖かかくて私の心が落ち着きを取り戻した要因でもあります。


 不意に窓の外の夜の闇の中で、ある一角に明かりがつきました。それは強烈な光で歩いてそう遠くない場所にあるようです。


「柳津駅……?」


 階段で二階へ降りると居間で毛布に包まって眠っている父と母がいました。外に出かけてくると伝え、懐中電灯を貸してもらいます。


 何日も停電していて暗がりの中何もすることが無く、この町の人達のほとんどがこのように毛布に包まって早々に眠りについているとのこと。


 その日は体の芯まで冷える凍てつく夜でした。吐く息は白く、夜の闇に溶けていく。地面に積もる雪を踏み締めながら私は懐かしき故郷の道に足跡を残していきます。


 寛木町は明治時代のハイカラな古い洋風木造建築物が点在する町で、「みやぎの明治村」と呼ばれることもあります。


 内陸部にあるため津波被害は無かったものの、懐中電灯を照らす先に一階部分が潰れた木造商店や重工な蔵造りの商家が崩れて瓦礫が道路に雪崩れ込み、危険がないようバリケードが張られているところがありました。


 被災地の惨状を目の当たりにしつつ、実家から二十分ほど歩くと柳津駅に到着します。野外に整備された駅のホームに照明の眩い光が照らされて、暗闇の中に浮かび上がるその光景はまるで光輝くステージのようでした。


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