第17話 連携

 野営を終えた一行が朝から街道を進んで数刻、そこから更に脇道へ逸れて暫く。馬車を停めた一行の前には、今回の目的地である大森林が広がっていた。少し湿った空気と、草木の匂い。魔物生息域特有の濃密な魔力の気配と、どこかひりつくような緊張感。これより先は魔物避けなど存在しない、冒険者にとっての戦場だ。


「さて、ここがエルグリンの森だ。準備はいいかい?」


「ん」


「俺達もしっかりフォローするから、必要以上に緊張する必要はないよ。ただの登録試験だし、気楽に行こう」


 カイン達にとって、アリスは駆け出し冒険者どころか、まだ登録すら終えていない素人だ。そんなアリスの初実戦───少なくとも彼らはそう思っている───を監督するにあたり、まずは緊張を解してやろうという考えなのであろう。少しおどけて見せるカインの顔には、笑顔すら浮かんでいた。


 それもその筈、彼らはこれまでにも何度かこの森で活動を行っているのだ。それに加えて、年齢は若くとも経験豊富なベテラン冒険者である。深部にまで潜るというのなら話は別だが、差し当たり必要なのはゴブリン一体の討伐だ。であるならば、森の入口付近を探索すれば十分に事足りる。初心者一人の子守など、彼らにとっては緊張するに値しない些事だった。


「ゴブリン以外はこっちで倒してあげるから、魔物が出たらアリスちゃんはそっちに集中してね」


「大丈夫! いざとなったらお姉さんたちが助けてあげるから」


「……ん」


 エメリナとオルティリアがぐっと拳を握り、アリスを勇気づけるように発破をかける。勿論アリスは緊張など微塵もしていないし、ともすれば、いいから早く終わらせて帰りたいとすら思っている。だが、アリスは普段から表情の変化に乏しい。まだ付き合いの浅い彼女らが、アリスの心情を見抜くことなど出来はしない。


 アリスもアリスで、結局流されるままにここまで来てしまった。ありがた迷惑の極みといった状況だが、それもある意味では自業自得だろう。最初から断っておけばよかったものを、説明を面倒に思い放置した結果がこれなのだから。


 そうしてリノを先頭に、カインとエメリナ、オルティリアが続いて森の中へと入ってゆく。いつまでも入口で話しているわけにもいかない。アリスの手伝いとは別に、彼らも依頼を受けてここに来ているのだから。




 * * *




 木漏れ日の降る森の中、木々の隙間を縫うようにリノが駆ける。獣人らしく身体能力に優れた彼は、前衛での近接戦闘を得意としている。また聴覚と嗅覚にも優れ、魔物の接近を素早く察知することが出来る。僅かな変化も逃さない彼の五感は、索敵のみならず、戦闘に於いても類稀なる効果を発揮していた。


「はッ!」


 接敵すると同時、地を這うような前傾姿勢で敵へと肉薄するリノ。勢いをそのままに拳を振り抜き、瞬く間に一体のオークを地に沈めてみせた。リノは倒した魔物に一瞥もくれず、すぐさま森の奥へと視線を送る。戦いの音を聞いて集まってきたのだろう。彼が睨む先には、五体からなるフォレストウルフの群れがあった。


「オルティリア!」


「任せて!『風の操導ウィンド・ステア』!」


 それを認めたカインが名前を呼べば、オルティリアが阿吽の呼吸で矢を放つ。恐らくは彼女の加護によるものだろう。風を切り裂いて飛ぶ矢が、彼女の声に反応して翠色の光を纏う。突如として速度と威力を増した矢は、細かな枝木を吹き飛ばしながら木々の間をすり抜け、見事にフォレストウルフの腹部に大穴を穿った。


 瞬く間に仲間を失ったフォレストウルフだが、同族意識のようなものは殆どないらしい。変わらず向かってくる群れの先頭、恐らくはリーダー格と思われる一際大きな体躯のフォレストウルフへと、カインが長剣を抜いて立ち向かう。


身体強化ブーストッ!」


 戦士系の加護といっても、その種類は多岐に渡る。だがそれら全てに共通して与えられるのが、この『身体強化』だ。元より戦士系の『根源アルカ』によって上昇している身体能力を、更に上乗せして向上させる。近接戦闘に於いて、単純だが効果の高い『権能ドミナ』だと言えるだろう。


 強化されたカインの動きは、魔物であるフォレストウルフにも劣らない。上段から振り下ろされた刃は強固な毛皮などものともせず、その胴体に深い傷を残す。返す刃で流れるように頸部を斬りつければ、如何に生命力に優れた魔物であろうとも耐えられない。そうしてカインが先頭の一体を処理したと同時、背後のエメリナから合図が発せられた。


「魔法行くよ!」


 それと同時、前線に出ていたカインのリノが即座に後退する。先頭の一体を処理したことで、後続の魔物との間にはぽっかりと隙間が出来ている。エメリナがそこへと割り込むように、既に詠唱を済ませていた魔法を解き放った。


「『風の旋刃ワールウィンド』ッ!」


 森に流れる風とは異なり、人為的に生みだされた不自然な旋風。激しく吹き荒れる風が草葉を巻き上げ、細かな小石を纏ってフォレストウルフの群れへと襲いかかる。小さな竜巻とも呼べそうなそれは、確かな切れ味を以てダメージを与えた。無数に出来た裂傷が局地的な暴風に晒され、血煙となって森を染め上げる。魔法が収まった頃には、息絶えた魔物達が地面に転がるのみであった。


「おつかれー」


「ああ、今回もナイスタイミングだったよ。みんな怪我はしてないかい?」


「問題ない」


「大丈夫よぉ」


 危なげなく魔物との戦闘を終えた四人は、周囲の警戒を怠ることなく互いの無事を確かめる。冒険者になったばかりの初心者にありがちなのが、戦闘後の油断からくる敗北だ。魔物が出没する地域では、戦闘音や魔力濃度の変化を感じ取った魔物が集まりやすい。先のフォレストウルフがそうであったように。


 戦闘が終わったからといってすぐに気を緩めているようでは、冒険者として長生きできない。これはギルドからもしつこく聞かされる話であり、冒険者にとっての基本だった。とはいえ、彼ら『翠の剣』にとっては今更過ぎる話。ベテラン冒険者である彼らは、そんな段階をとうの昔に越えているのだから。


 そんな彼らの戦闘を、アリスは少し離れたところから見ていた。


「ふむ。どうやら街でもトップクラスの冒険者だというのは確からしいね。中々やるじゃないか」


 アリスの外套、その垂れたフードの中に収まっているミラが、先の戦闘を見てそう評した。彼女とて、人間の冒険者についてそれほど詳しいわけではない。何度か目にしたことがあるといった程度で、彼らの実力の平均値など当然知らない。だがそんなミラからしても、今目の前で行われた戦闘は中々のものに見えた。自分達よりも数で勝る魔物を相手に、怪我人を出すことなく制圧してみせたのだ。少なくとも、そこらの人間よりはちゃんと強いのだろう。


「アリスからみて、彼らはどうだい?」


「ん……さぁ?」


「さぁ、って……いい腕だとか、連携がどうとか、そういう感想みたいなのは何かないのか?」


「ああいうの、よく分からないから」


 眠そうな半目のまま、まるきり興味がなさそうに四人を眺めるアリス。彼女はずっと一人で戦ってきた。今までも、そしてきっとこれからも。故に連携だとかパーティだとか、そんなものは評価しようがない。するつもりも毛頭ない。四人の戦いを傍で見ていたアリスは、本当に何も考えることなく、ただぼんやりと眺めていただけだった。


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濁る瞳のアリス しけもく @shikeshike

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