第15話 同道

「可愛いいいいい!」


 ギルドの外で待機していたミラを見た途端、魔術師の女は開口一番にそう叫んだ。正体を知らなければ、ミラはただの小さな黒兎にしか見えない。もこもことしたフォルムに手のひらサイズの身体。年若い女性からすれば、それはさぞ可愛らしく見えることだろう。実際にはそこらの魔物など相手にもならない、ともすれば移動のついでに轢き殺してしまう程の力を持つ、高位精霊の一種なのだが。


「ねぇ! このコなんて名前なの!? 種族は? オスかな? メスかな? やぁぁぁぁつぶらな瞳が可愛いいいい!」


 きらきらと瞳を輝かせる女を他所に、ミラは意外そうな声色でアリスへと問いかけてた。当然ながら、ミラの声は契約者であるアリスにしか聞こえていない。


「……中で何があった? 随分と珍しいじゃないか、キミが見ず知らずの他人と関わるなんて」


「……色々あったのよ」


「端折るな。キミの悪い癖だ」


 そう叱責され、渋々といった様子でアリスはギルド内で起こった出来事をミラに聞かせた。ギルドの受付嬢がいやに親身だったこと、そして要らぬ世話を焼いてくれたこと。話を聞いていた四人の冒険者が、その場で協力を申し出たこと。断れば試験を受けられそうにないばかりか、ひどくどうでもいい問答で時間を費やしそうだったこと。面倒になり、そのまま同行する羽目になったこと。


「ふふふ」


 そういった諸々の話を聞いたミラは、何故だか少し嬉しそうだった。もちろん、アリスの気のせいかもしれない。見た目ただの兎であるミラの表情など、推し量ることは出来ないのだから。


「何?」


「いや、なんでもないさ」




 * * *




 ソロナの街を出て暫く。アリスは彼らの所有する馬車に揺られ、長閑な街道を進んでいた。このあたりは街が近いこともあり、比較的治安が良い。魔物の気配に敏感なミラが何も言わないあたり、警戒する必要もなさそうだった。そうして道すがら、四人の冒険者達は改めて自己紹介を行った。


 長剣を持った男はカイン、御者を務めている狼獣人───犬ではなかったらしい───がリノ、魔術師の女がエメリナ。そして最後に、エルフの女がオルティリアとそれぞれ名乗った。四人の冒険者達はパーティーを組んでおり、その名を『翠の剣』というらしい。なんでもそれぞれの加護と得意魔法から来る名前だそうだが、アリスにとってはどうでもよかった。ちなみにアリスの自己紹介は『アリスよ』の一言で終わりである。


 彼らはこの近辺ではそれなりに知られた冒険者らしく、パーティーとしての等級はB級とのこと。C級になれば一人前と言われていることを考えれば、成程確かに腕はいいらしい。B級といえばソロナの冒険者ギルドでは最高ランクであり、パーティで言えば三組しか所属していない。十分に上澄みだ。


 そして彼らが何故、見ず知らずであるはずのアリスに協力を申し出たのか。何かしら狙いがあるのかなどと疑いもしたが、どうやらただの善意、おせっかいの類であるらしい。彼らはギルドから、ある場所での魔物討伐依頼を受けていた。そうして依頼に向け出発しようとしていたところで、受付で揉めているアリスと偶然出会ったという訳だ。


 そこには丁度、アリスに課された討伐目標であるゴブリンもいる。先輩冒険者が新人の面倒を見る、などという習慣があるわけではないが、知り合いの試験を手伝うことはままある。加えてアリスの風貌は、どうにも放っておけないと思える程度には幼かった。故に依頼のついで、手助けしてやろうと考えたらしい。


 かつてのアリスであれば二つ返事で申し出を受け入れ、和気藹々とした空気で試験に臨めたことだろう。しかし昔と比べて随分と歪になってしまったアリスにとって、彼らの申し出は面倒この上なかった。とはいえ断るのもまた面倒で、結局なし崩し的に同行する羽目になった、というのが今回の大まかな顛末である。


「それで、アリスさんはどうして冒険者に? 見たところ随分幼く……失敬、若く見えるんだけど。あぁ、話したくなかったら無理に答えなくてもいいよ」


「冒険者証が欲しいだけ。通行証代わり」


 カインの問いかけに対し、そっけなく答えるアリス。酷く無愛想な態度だが、カインが気を悪くした風には見えなかった。まるで微笑ましいものでも見るようなその眼差しから察するに、おそらくは容姿の所為だ。さしずめ、背伸びをした子供にでも見えているのだろう。


「あら。ということは、アリスさんは旅がしたいのかしら?」


 質問を引き継いだのはエルフのオルティリアだ。余裕のある大人の女性、といった雰囲気を持つ彼女は、やはり微笑ましいものを見る瞳をアリスに向けていた。いちいち『私はこれでも十六だ』などと訂正するつもりも、アリスにはなかったが。


 旅。これは果たして旅なのだろうか。現在のアリスは、そもそも絶賛不法入国中の身である。帝国の民でもなければ、流浪の民でもない。おおっぴらには言えない目的をもって侵入し、そしてつい先日やり遂げたばかりだ。旅といえば旅のような気もするが、しかし微妙に違う気もする。なんと説明したものかとアリスは逡巡する。そうしてふと、真面目に答える義理などないことを思い出した。


「そんなところ」


「そうなのね。立派だけど、ちょっと危ないわね。出来ればパーティを組むことをお勧めするわ」


「考えておくわ」


「うん。もし困ったらいつでも相談してね? お姉さんが力になってあげる」


 素っ気なく答えるアリスが、オルティリアには背伸びしている様に見えたのだろう。彼女がアリスに向けた視線には、妙に生暖かいものが混じっていた。受付嬢然り、オルティリア然り。その小さな容姿のせいか、アリスはとにかく年上から世話を焼かれがちである。こうした視線を向けられる度、アリスはうんざりとした表情で溜め息を吐く。いちいち構わないで欲しい、と。余談だが、アリスに対して最も過保護に接するのは聖女である。


 適度に交わされる───アリスから話しかけることは一切ないが───雑談と、頬を撫でる心地よい風。それは街道を外れ、目的地であるエルグリンの森へ近づいても続いていた。ソロナの街からほど近い場所にあるこの森は魔力の濃度が濃く、質の良い薬草などが採取できることで知られている。しかしそれに比例して魔物の数も多く、深部には手練れの冒険者であっても手を焼くような魔物が住み着いている。そういった意味では、初心者の試験場所としては凡そ相応しくない危険地帯であった。


 とはいえ、森に入ってすぐの辺りには大した魔物も居らず、それこそゴブリンのような低級の魔物しか居ない。加えて今回はB級パーティーが監督についているため、アリスが同行しても問題ないだろうと、ギルドの受付嬢に判断されたという訳だ。


「っていうか……何でまた急に『エルグリンの魔物を間引いて欲しい』なんて話を私達に持ってきたんだろ。アリスちゃんの手伝いには丁度よかったけど」


 そんな折、エメリナがふと疑問を零した。ちょっとした話題提供、雑談の一環のつもりだろうか。ゆっくりと流れる景色をぼうっと眺めていたアリスは、当然のように興味を示さない。しかしそうして始まった彼女達の会話は、アリスにとっても無関係な話ではなかった。


「あ、それは私も不思議に思ってました。冒険者に依頼する内容じゃないというか……調査というならともかく、間引きとなると騎士団の領分ですよね? 四人パーティーがひとつでは、大した効果も期待出来ないと思うんですけど」


「ああいや、俺達の他にも、結構な数のパーティーに声をかけてあるみたいだ。エルグリンだけじゃなく、ソロナ周辺の魔物を積極的に間引くように、ってね。俺達がエルグリン担当になったのは、単に実績順だよ」


 カイン曰く、どうやらソロナ所属の実績ある冒険者達には、『翠の剣』と同様の依頼が出されているらしい。ギルド側はパーティの実力や実績を考慮して派遣先を選んでいるらしく、冒険者としての活躍が著しい『翠の剣』にはエルグリンの魔物討伐が依頼された、という訳だ。


 この『魔物を間引く』という行為にはもちろん意味がある。魔力の濃い場所に生息する魔物は、長い時間そこで生活を続けると変質することがある。進化といってもいいかもしれない。とにかく、より強力な個体へと生まれ変わるのだ。長期間生き続けることが進化要因の全てではないし、ほんの数年単位で進化することもない。突然変異も起こり得る以上、全ての進化を防ぐことが出来るわけではない。謂わば『一応の保険』のようなものだ。


 といっても、世界中に存在する全ての魔物を管理することなど不可能だし、そんな必要もない。ただ人の生活圏に近い場所に生息する魔物は、出来るだけ処理しておきたいといった程度の話だ。故に今回も、森の深部にまで行って討伐してこいとは言われていなかった。冒険者達が足を踏み入れる機会の多い、森の中でも浅めの場所を、ある程度綺麗にすればそれでいい。そういう旨の依頼だった。これは本来であれば、騎士団が大人数で以て行う類の仕事である。


「騎士団は暫く自由に動けなくなりそうだからね……ほら、昨日の……例の事件があったから」


 カインの言葉に、アリスの耳が僅かに揺れた。もちろん興味はない。だが心当たりはあった。それも大いに、だ。


「まだ詳細は分からないけど、騎士団長でもあるラス様が、何者かの襲撃で大怪我をされたらしいからね。おまけに伯爵閣下は殺害された。確かに、今は騎士団が動けるような状況じゃあないよ」


 そんなカインの一言に、アリスは溜め息を吐きたくなった。見ず知らずの冒険者達と、何故か同行することになってしまった理由。どうやらその遠因は、自分にあるらしかった。

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